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王子製紙回顧録/春日井編(1)

      2017/02/07

さらば北海道、そして春日井工場へ

 北海道での10年間の勤務を終えて、1978年(昭53年)7月から愛知県春日井市の王子製紙春日井工場山林部勤務となった。春日井市は名古屋からJR中央線で30分位の所で、名古屋のベッドタウン的な位置づけにある。
 仕事は山林部のスタッフとして、国内の木材チップの調達業務を担当した。出先にある10か所の事業所が、東海3県(愛知、三重、岐阜)、近畿圏(大阪、奈良、和歌山、京都、滋賀)、北陸(福井、富山、石川)、長野、群馬、新潟、静岡と広範囲から集荷していた。

◆夜の王子製紙春日井工場

◆王子製紙春日井工場専用線

◆王子バラ園

第2次オイルショックで業界不況

 当時の紙パルプ業界の状況は1979年前半までは紙製品の市況回復により80年前半までは好景気が続くが、79年の第2次石油危機により重油価格が高騰し、その影響を強く受けたアメリカの景気が落ち込み、このため住宅建設が大幅に減少し、建築端材を原料とするチップ生産量が激減し、日本向けチップの大幅な価格引き上げとなった。この価格高騰は、国内チップ価格に跳ね返り、原材料コストは上昇の一途をたどった。紙パ各社は原料高の製品安に苦しみ続け、業界の中では経営不振に陥るなど、最悪な状態となった。
 皆様は「不況カルテル」という言葉をご記憶だろうか。不況カルテルとは不況のため商品価格が生産費を割り、その業種の企業経営が困難になるような事態が生じた場合、それを乗り切るために結成されたカルテルである。消費低迷と過剰生産の需給ギャップから紙市況が大幅に下落して、紙パルプ業界の一部に会社更生法を申請する会社が出てきたこともあり、公正取引委員会に業界として、不況カルテルを申請した。
 公正取引委員会の認可を得て、春日井工場の主力製品のクラフト紙(セメント袋、紙袋)、上質紙(コピー用紙、印刷用紙)、コート紙(カレンダー、写真印刷用)の不況カルテルが認可された。

カルテル監視員として各社を巡回

 この不況カルテル下では、生産調整が義務づけられて、一定期間、抄紙機(通称M/Cマシン)を停止させなければならない。停止期間中にM/Cが間違いなく止まっている事を確認する「カルテル監視員」に選ばれた。この停止期間に方々の会社を訪問して、停止を確認し、公取委に報告するのだが、監視は1日3回と決められていた。私が出張した監視先は、大王製紙(川之江)、神崎製紙(富岡)、山陽国策パルプ(岩国)、大昭和製紙(富士)、東海パルプ(島田)等々である。
 監視時間は特に決められたものはなく何時行っても良かったので、監視の合間に観光地を回って時間をつぶした。四国の金毘羅神宮、岩国の錦帯橋、富士の白糸の滝などが印象に残っている。また、大学の先輩のいる会社では、木材チップのハンドリング設備やら、港湾チップ荷役設備の見学を依頼すると、快く迎えてくれて、見学することができた。

◆岩国の錦帯橋

◆四国の金毘羅神宮

◆富士の白糸の滝

「嵩から重量」へ検収方法が変わる

 この時期に我々山林部門にとって、重要な変化が起きる。即ち、検収方法の改正である。今までは、層積検収と言って、木材チップの体積が大きければ価値が大きいとされていたものが、80年4月からは、重量検収となる。つまり、嵩よりも重さが重要となる。紙の取引単位も重量(kg/㎡)であり、木材チップも重量取引に変わる。
 従来チップ車はシャシー上部までの体積がすでに登録されており、積まれたチップの最上部がシャシー上部より何cm上にあるか、下にあるかで、運搬距離毎に体積が決められており、山林の受付2階から目視で瞬時に積まれたチップの体積を計算することができた。
 重量検収ではチップ車はトラック全体が計量機に乗って、総重量を測定し、チップを下した後の空車重量を測定して、その差がチップの重量となるが、木材の水分込の重さであり、取引としては、水分を完全に飛ばした状態の重さ(ボーンドライkg)が必要となる。チップから水分をぬく方法は、トラック1車当たり、均一にサンプリングしたバケツ1杯のサンプルから500gをトレイ(皿)に移して、熱風乾燥器で12時間乾燥させると絶乾状態となる。その重さが300gであれば、水分が200gとなり、トラック1車の重量は、水分込重量×60%と計算される。
 層積検収と重量検収を1年程度併用して、重量検収に移行した時に、1車当たりの手取り金額が極端に振れないように、半期毎に価格を調整して無事に移行することができた。

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