Interview Room 小田紘さんの巻
2017/07/08
今回は、鹿児島からいつも生命の神秘に迫る素晴らしいネイチャーフォトをご投稿いただいている、小田 紘さん(3年7組)にインタビューをお願いしました。
-こんにちは、小田さん。ご無沙汰しております。九大医学部から大学院、さらに鹿児島大学医学部で、39年間にわたって細菌学やウイルス学の研究と教育に携わってこられたとのことですが、主としてどのような内容の研究だったのでしょうか?
小田 ひと言でいうと「感染症の基礎的研究」です。動物細胞を培養し、これにウイルスや細菌を感染させたときどのような変化が起こるかを電子顕微鏡を使って調べていました。特に、ヘルペスウイルス、ポックスウイルスや、リケッチアと呼ばれる特殊な細菌などについて病気の発生機序の解明や診断への応用などを目指していました。そのほか、マウスを用いてヘルペスウイルスの感染を防御するメカニズムを免疫学的な観点から研究していました。
-臨床医の道より、基礎医学の道を選ばれた理由は?
小田 もともとは内科の臨床医になるつもりでした。卒後2年間の研修医を終えたとき、4年間だけの予定で基礎(微生物学)の大学院に行ったのですが、そこがあまりにも居心地が良かったため、臨床に戻ることなくそのまま基礎医学の教室に居着いてしまったということです。
-鹿児島大学を定年退職されたあとの、放送大学ではどんなお仕事を?
小田 放送大学は4年制の通信制大学で、千葉市にある大学本部のほかに全都道府県に学習センターがあります。基本的にはテレビ(BS放送)を通しての通信教育ですが、一定の時間は実際に学習センターに来て授業(面接授業)を受けないと卒業できないシステムになっています。私は非常勤の客員教授として放送大学鹿児島学習センターで感染症に関する面接授業を担当していました。
放送大学にも定年があり、今年の3月で2回目の定年退職を迎えました。
-カメラの世界には、いつ頃どんなきっかけで興味を持たれたのですか?
小田 初めて自分用のカメラを手にしたのは小学校3年生の時でした(といってもオモチャのような物でしたが)。私の父は明治生まれの質素な人でしたが、唯一の趣味が写真でした。何と昭和10年頃から8ミリフイルムの動画を撮っていたほどです。自宅で白黒写真の焼き付けもやっていました。そんな父の影響で私も早い時期から写真への興味をもったようです。
本格的に興味が深まったのは大学生のとき、北アルプスで高山植物の美しさに魅了されてからではなかったかと思います。その後はしばらく花の写真ばかりを撮っていました。
大学院時代、私は電子顕微鏡を駆使した研究をしていました。実は、電子顕微鏡学というのは写真技術そのものとも云えるくらい写真と縁の深い分野です。当時はフイルムの現像から、写真のプリントまで全て自分でやる必要があり、一日の大半を暗室で過ごす日もしばしばでした。そんなわけで、電子顕微鏡を使った研究は私にとって趣味と実益を兼ねたとても楽しいものだったのです。
-虫や鳥など小動物の世界に魅せられた理由は?
小田 何といっても鹿児島県庁の庭池で偶然にカワセミに遭遇したことです。それまでは、カワセミは深山の渓谷にすむ鳥で、ちょっとやそっとでは見ることのできない存在だと思っていました。ですから、このときは本当に驚き、感動しました。以来、鳥の世界に眼が開けました。県庁の庭は私の散歩コースで、毎週のように行っていましたが、カワセミを見たのは20年間で3回だけです。
また、県庁の庭を散歩しながら樹木や草むらに目をやると、季節ごとに実に様々な鳥や虫がいることに気づき、毎回違った種類や行動を見て興味をそそられるようになりました。それまでの写真は綺麗な花のクローズアップがほとんどでしたが、そこに鳥や虫を取り込むことで圧倒的に生命感が増し、生き生きした世界が生まれることを知って現在の作風になったような気がします。
-中でもとりわけ蜘蛛に興味をお持ちとのことですが、その魅力は?
小田 蜘蛛に特別強い興味があるというわけではありませんが、きっかけは、偶然の機会に蜘蛛の巣上に奇妙な構造物があるのに気づき、これが「かくれ帯」という物であることを知ったことでした(カメラととに Vol. 3 参照)。
少し調べてみると、それまで自分が蜘蛛に対して如何に無関心であったか、如何に無知であったかということを知り、急に興味がわいてきたというわけです。蜘蛛は身近にたくさん生息しており、その種類の多さや姿かたち、生態の多様性などに驚きます。余談ですが、近い将来、蜘蛛の糸は工業的に注目される日が来るのではないかと思います。
-大きな可能性を秘めた興味深いお話ですね。撮影には、どれくらいの頻度で、どんな場所にお出かけになられますか?
小田 カメラをもって出かけるのは、天気と体調次第ですが、週に1回程度でしょうか。よく行くのは北薩の藺牟田池、薩摩半島南端の笠沙方面、市内の鹿児島市都市農業センター、そして住まいに近い鹿児島県庁の庭園などです。要するに遠くても車で片道1時間半程度の所です。高齢者の運転に対して厳しい目が向けられる昨今、それなりに行動を慎んでいます。
-小田さんの写真は技術的に素晴らしいのはもちろんですが、物語性があるところに心魅かれるのですが、千載一遇のチャンスを逃さないために、時間をかけられることもあるのでしょうか?
小田 基本的には行き当たりばったりです。「今日は◯◯を撮りに行くぞ」といった特別の目的はもたずに出かけ、思わぬ被写体に出会うことをひたすら期待するのみです。根気よく待機したりということはあまりしませんが、同じ場所に繰り返し行ってみることはチャンスに遭遇する「コツ」かも知れません。
一旦シャッターを切り始めると無心になって、かなりの時間を費やすことはよくあります。このように無我の境地になれることが写真を撮る上での最大の喜びかも知れません。
-旅行先での撮影のエピソードなど、ありましたら教えてください。
小田 移動の多い旅行のときには重くてかさばるカメラはもたずに出かけます。当然ながら,あとで悔やんだことは何度もありますが。
-失敗談などはありますか?
小田 珍しい鳥を見つけて400枚くらい激写したのですが、家に帰ってチェックすると1枚も保存されていませんでした。結局、保存用に使ったSDカードの経年劣化が原因であったと考えられます。逃した獲物は大きいといいますが、いまだに諦めきれない想いです。
-それは残念だったでしょうね。カメラ自体にもこだわりをお持ちなのでしょう?
小田 とにかく最小限の機材で、お金はかけない主義です。
大学を卒業して研修医になったとき初めて自力でカメラを買いました。ニコマートという一眼レフのフイルムカメラで、これに55mmのマクロレンズ(接写用レンズ)を付けて愛用しました。これは20年以上使い、研究の場でも活躍してくれました。現在はニコン D7200という一眼デジカメを使っています。これに 90mm の単焦点マクロレンズか,18-300mmのズームレンズ(鳥を撮影するときなど)のどちらかを付けています。最近はできるだけ三脚も使うように心がけています。現場の条件にもよりますが90mmの単焦点レンズと三脚の組み合わせがベストだと思っています。
-これからどんな写真を撮っていきたいですか?
小田 動きが感じられ、ユーモラスで、生命感のあふれる写真。小さな発見と驚き、そして感動が伝わる写真。さらに、もう一つのキーワードは自然の織りなす造形美です。
-小田さんの撮られる写真は、詩情豊かで「美しい」というのが基本にありますよね。福岡にはときどき帰られるのでしょうか?
小田 福岡には両親と妻が眠るお寺があるので、時々行きます。
-福岡に帰省される折には、ぜひ寿禄会の方にお声をかけて下さいね。それでは最後に、鹿児島暮らしの魅力を教えてください。
小田 鹿児島には適度な都市機能があり、少し車を走らせると海と山の自然や温泉がたくさんあることが大きな魅力です。もっとも、桜島の火山灰には悩まされますが。最近は司馬遼太郎の世界にひかれ、歴史的な面にもすこしずつ興味をもつようになりました。
-小田さんのそちらの方面のお話も、ぜひお伺いしたいですね。本日は、貴重な時間をいただき、ありがとうございました。
by 市丸 幸子