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いつからか銀翼に恋して Vol.2

      2016/06/20

下枝  堯

◆連載エッセイ Vol.2

まつ林

東日本大震災で失われた思い出の地

 1968年5月5日、仙台空港近くの「日本航空乗員基礎訓練生宿舎」に移動。訓練生宿舎は岩沼町相の釜集落の近くにあり、広い松林の中にぽつんと建っていました。(この地域は哀しいことに、東日本大震災の大津波であとかたも無くなっています。)

宿舎は2名1室、簡易ベッドと作りつけの机と本棚、洋服箪笥が備え付けられた8畳ほどの広さで、A大学航空部出身のT君が同室。彼とは生涯の友となりましたが、残念ながら59歳の若さで病死。奥方は元KBCのアナウンサーでした。

日航の日本人パイロット第一期生として

 6日の朝、郭公の鳴く松林を通り抜け、牛ガエルがブーブー鳴く田圃のあぜ道を15分ほど歩き、簡素なバラック建ての「日本航空乗員基礎訓練所」に出頭。

旧陸士出身で太平洋戦争中は隼戦闘機を操縦、南方で活躍した経歴の猛者である所長の訓示を受ける。いわく「まもなく太平洋はアメリカのパンナム、ノースウエストが大型ジェットを就航させ大量輸送が始まるが日航もこれに対抗していかなければならない。喫緊の課題は日本人パイロットの早期養成であり、自社で養成を始めることになった。君たちはその第一期生となる。君たちの双肩に日航の未来がかかっている。全国から集めた優秀な君たちに頑張って貰いたい。」と檄を飛ばされ、気を引き締めたのを覚えています。

はやぶさ戦闘機

 

2カ月間で航空学の基礎を学ぶ

 同期生は19名、仙台での訓練目的は操縦士として必要な基礎学科(航空工学、空中航法及び通信、航空気象、航空法規、英語、航空管制方式、航空機操縦法)を2カ月で履修しアメリカでの飛行訓練に備えることで、ぎっしりと詰まった中身の濃いスケジュールでした。 とりわけ、文系出身の身には英語など一部を除き馴染みのないものばかり。航空工学は流体力学(空気力学)、機械工学、電気工学等からなり高校時代の物理を思い出しながらの学習。

空中航法は全く新しい分野で、自分の現在位置を把握し目的地点に行く進路を決定し、到着予想時刻を算出する作業で興味深いものでした。飛行機は風の全量を受け影響される(流される)ので幾何学の素養が役に立ちます。また航空は多くの点で船をベースとしており距離はマイル、速度はノットを用いこうくう工学5ます。(ちなみに、1マイル(海里)は緯度1分で1852メートル、1ノットは1時間に1マイル進む速度)。

こうくう工学3 国際電信信号モールス符号の傍受訓練もありました。これは航空無線標識を識別するために必須で予科練出身の航法教官に鍛えられたものです。

蛇足ながら遭難信号SOSは・・・ --- ・・・ 、無線電話ではMAYDAY、 MAYDAY 、MAYDAYと音声発信することとなっています。

仙台での初期訓練は2カ月続き修了、7月からは東京へ移動、羽田での英語特訓が始まり、毎日がアメリカ人教官による英会話漬けの2カ月で、英語で寝言を言う者も現れました。

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