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王子製紙回顧録/米子編(1)

      2017/10/21

 

山林部受渡課長として米子工場に赴任

 1988年(昭和63年)7月、鳥取県の米子工場に山林部受渡課長として赴任した。

 受渡課の仕事の一つは、毎日100台近く入荷するチップ車の検収業務である。品質をチェックして、トラック1台毎の積載数量を確定する。国内チップは兵庫県北部、岡山県、広島県北部、鳥取、島根県から入荷する。輸入チップは、米子市では水深が浅く無理なことから、工場から28km離れた境港市の外港5万トンバースから陸揚げされたチップを背後地に確保した当社ヤードからピストン輸送している。

 もう一つの仕事は検収した国内外チップを次工程パルプ部への払出業務である。パルプ部では毎日オールナイトでチップを使用しているのに対して、受渡課では日勤職場であるため午後6時までしかチップの入荷がないことから、翌日朝6時のチップ車入荷までの間の使用分を巨大なチップの貯蔵庫(チップサイロ)に貯めて1日の仕事が完了する。

 また、工場外の仕事としては、境港外港岸壁に入航するチップ専用船からの輸入チップの荷役作業の指示、監督及び毎日の工場までの輸送指示業務がある。

 仕事が順調に回っていれば問題ないが、工場のチップハンドリング設備は老朽化して時々トラブルを起こす。ベテラン課員は簡単に溶接したり、配線を変えたりして処理しているが、実務経験のない課長は、安全に修繕作業が終わるのを見守るだけである。

 

荷役作業1日遅延で150万円のペナルティ

 仕事にも慣れた頃、真夜中に社宅の電話がなった。それは境港の当社チップヤード事務所からで、輸入チップ荷役中、ヤード内にあるベルトコンベアのテンションプーリー部分からベルトが切断して荷役不能になったとの緊急連絡が入った。作業着に着替えて境港の現場に着いた頃には、荷役作業の下請責任者が、この設備を請負ったメーカーと連絡がとれて、2日くらいで復旧、荷役作業が再開された。
 復旧を急いだ理由は船会社との傭船契約の中で、荷役日数の規定があり、オールナイト4日間で終了すればペナルティなし、1日遅れれば150万円のペナルティ、1日早く終われば100万円の戻し金がでる仕組みになっているからである。この事故の私の判断は船内に残ったチップが少なければ、ペナルティを払うよりは、船底にチップを残したまま、再び積み出し港に戻す指示もできたが、丁度荷役開始1日目であったため、ペナルティを覚悟した。

 この1989年1月、昭和天皇の崩御により、年号が昭和から平成と変更になった。この年の3月、年度末の当社の決算は売上高、経常利益とも史上最高となり、バブル崩壊前の平成景気を謳歌していた。

 

物流合理化へ――北米・カナダ視察旅行

 1989年9月、本社から「北米・カナダ物流合理化現地調査計画」が企画された。この目的は、従来から物流合理化に取り組んでいて、大きな成果をだしてきたが、今回北米・カナダの状況を調査研究することによって、今後の物流合理化を更に推進するためのものであった。
 調査関係の内容を列記すると
① 調査先:紙パルプ工場、チップ工場、チップ船積み地、山林現場、輸送システム
② 調査期間:平成元年9月24日~10月4日(11日間)
③ 調査団メンバー:各工場物流合理化担当者及び事務局、各工場の物流作業関係業者総員16名
 9月24日PM17:00成田を出発、同日24日AM10:30シアトルに着いた。シアトル事務所の仲間が迎えにきており、その日は市内観光をして、ディナーはシアトル事務所主催のシーフード料理を港近くのレストランで食べた。

 翌25日(月)から、貸切バスでアメリカ西海岸をワシントン州からオレゴン州のチップ積み出し港のあるクースベイまで南下し、30日(土)にシアトルに戻るコースで北米有数の紙パルプ工場や、山林伐採現場、チップ工場を見学した。
 今回の出張では、日本でも応用できそうな、合理的な機械・設備が見つけ出せればと言うことがポイントだったが、全体的に見て、規模の違い、あるいは環境の違いがネックとなり、そのまま日本で採用できるものは少なかったように思う。

 

連夜二人前のご馳走ぜめ

 今回の旅行では、毎晩、チップサプライヤー招待のディナーでフルコースの料理がでる。夕方7時過ぎから始まって、まずビールかワインとつまみ類(量が多い)次に、サラダ類、パン、スープ、次にメインディシュは、肉かシーフード(これも2人分はある)最後にデザートがでた。ディナーの主催者側と我々16名で合計18~20名となるが、飲み物からメインディシュ、デザートまですべて20名一人ずつ、2種類以上ある場合はどちらを食べるか係りの人が、注文を聞いてから作るので最後のデザートが終わる頃には10時を回っていることが多かった。

◆宿泊ホテルのツインルーム

 それからホテルに戻って、部屋の前にスーツケースが置いてあるので中に入れて、シャワーを浴びたり、洗濯したり、今日見学した場所の状況をメモしたり、明日の予定をチェックしたりしていたら12時近くに就寝となってかなり疲れた。

 9月30日(土)シアトルに戻って、夕食は山林出身の駐在員宅でまつたけ、カニ(ダンジネスクラブ)を食べたあと、ごはんと味噌汁に安心した。

◆カナダの国旗にも使用されているメイプルツリー

 

メイプルカラーに染まるバンクーバー

 10月1日(日)シアトルから空路カナダのバンクーバーへ、1時間弱の旅だったが、入国審査、税関をパスして、免税店で日本向けのお土産など買って、夕食はバンクーバーの、中華料理店で、ロブスター、サメのひれなど食べた。

 10月2日(月)はバンクーバーからフェリーで当社とカナダの合弁会社HSPPの建設中の現場を視察し、夕方バンクーバーに戻り、夕食はバンクーバー事務所主催の会食を、寿司屋で行い、2次会はカラオケバー、3次会はペントハウス、11時30分ごろホテルに帰り、翌日の帰国に備えた。

 

 

 

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