君は一貫2万5千円のトロを食ったことがあるか?new

   

住田 章夫

 今日は2024年1月23日。遂に岸田首相は重なる政治資金裏金問題に、自らの「派閥解散」を発表したものの、今や党全体の統率力は無く、政権自身もみるみる内に支持率20%と下降を続け、秋には羽田沖に着水の憂き目にある。

 思えば、2009年、時の麻生政権が倒れ、鳩山内閣の野党政権が浮上。その後、菅・野田内閣と引き継がれ、自民党の凋落が始まったのであるが、下手するとまたぞろ「驕れる自民の落日」を見るのかも知れない。その時代の話である。

 

 2011年11月の或る日。朝一番、大阪の社長から電話が入った。
「明晩プリンスホテルで 『竹下先生を励ます会』があるんだけど、急で悪いけど代わりに君、行ってくれないかね?」
「いいですよ。そういうの慣れてますから。皆さんに良く挨拶しときますよ」
「いや、《何もしなくてもいいから》。出とくだけでいいの。勿体ないんだよ、5万円会費が」
新入社員じゃあるまいし、《ちゃんと営業ぐらいしときますよ》と呟きながら、その夕刻、私は一張羅のダブルで出掛けた。

 浜松町は増上寺の脇。広大な駐車場を突き抜けて、賑わうホテルロビーの奥の大ホールには既に八分の入り。ざっと見ても聴衆は500人を超えていた。ステージは入口入って左。縦3列の円卓が最後尾まで10段30卓。群衆は後部に固まり、ウエルカムドリンクを持ちながらも、立食なので大方が居場所を定めていない。
 場慣れた私はいつも通り、人混みを避け、まばらな人数の最前列、それも目立たぬよう奥のテーブルに移った。目が慣れてくると、最前列を占めるテーブル集団の人種が判ってきた。手前が「自民党議員」。真ん中が「竹下登の弟である党の重鎮竹下亘を囲む自民党大幹部」。奥、つまり私の居る処がどうも「地元島根の後援会」らしい。

 定刻となり、事務方の司会で開会。まず森喜朗元首相、石原伸晃環境相。お二人の後、青木幹雄、額賀福志郎、船田元、茂木敏充、小渕優子、野田聖子と延々、8名が登壇。そして話す内容がこれまた、民主党に政権を取られて3代も続き、遂に4年目に入ったことへの恨みつらみの数々。聴いてる我々もいい加減、飽き飽きして、ざわめき始めた。

 「それではここで、はるばる駆け付けて頂いた杉良太郎さまに、乾杯の音頭をとって頂きます」
ざわついていた会場はピタッと静まり、最前列に目が集まった。するとその一角が動き、シャキッとしたスーツが段を上がって行く。杉良太郎である。最前から議員にしては恰好いい男が居るなと目には入っていたが、杉良とは吃驚であった。

「杉良太郎でございます。本日、竹下先生を励ます会に参りましたのも浅からぬ御縁が御座いまして、実は私は先生の応援カーにこれまで3度、乗車させて頂いており、本日も応援になればと駆け付けた次第です。が何事ですか、この有様は!長々のご挨拶をお聞きしていますと、先生を励ますお話しが只のひとつもなく、ただ民主党をぶっ潰し、早く政権を取り戻したいとの泣き言ばかり。いったい今日の主旨は何ですか!」

 突然の苦言に一瞬、フリーズした聴衆は、見事に核心を突いた“大喝”に、我が意を得たりとヤンヤの拍手と歓声。
 「では皆さん、竹下先生にカンパーイ!!」「乾杯~」「乾杯~」「乾杯~」…。
 先の8名の面目やいかに。意気揚々と降壇した杉良に、森・石原が両手を広げて、拍手で迎えた。

 そして二人の応対が済んだ後、杉良の周りに一瞬、空白が出来た。 両巨頭に次ぐ大物が居ないからか。俺が3番手だと自認する者の不在か、はたまた出過ぎを戒める自制か、まさしく空白のこの瞬間にすっと滑り寄った男が居た。
 「やあ、杉君。あんたの挨拶が一番良かったよ」
 「そうでしょ。ねっ、そうでしょ~」 
 誰かがそれを言ってくれるのを待っていたかのように、杉良は両手でその男の手を握って離さなかった。その男は誰あろう、どういう訳か、この私。リプレイすると、私の足は杉良が降壇すると同時に、無意識に中央へ歩み始めていたのである

 片手にグラスを持っている私に対し、杉良は両手が空いている。廻りから見れば、ダブルのその先生に杉良が喜色満面、両手で彼の手を握っている。誰もが何者だろう?と思い、一堂500人の視線を集めた。
 そして、ふと振り返ると、私の後に列が出来ている。杉良と握手したい代議士たちが並んでいるではないか。
 「いゃどうぞ、どうぞ」 慌てて列を譲り、元のテーブルに戻った。

 が、事件はここから始まった。今度はこの私に対して、長い列が出来たのである。
 「先生、是非今度、お出での節はうちにお立ち寄り下さい」「いや私共の方にも是非是非・・・」。
町会議長・市の助役・消防団長から何と青年団長まで、いろいろな名刺が差し出されてきた。

 「いや、今日はプライベートなんでね、名刺は失礼するよ。今度また機会があれば」
 そう言いながら料理カウンターに行く振りをして、這々の体でその場を離れた。戻れば、また掴まる。だから仕方なく寿司の盛り皿から一番高そうなトロの握りを2ケ、手で摘まみ、無造作に口に放り込むと、そそくさと会場を抜け出た。

 「あぁ、こういうことか、社長が言ってたのは。《何もしなくていいから・・・》。こりゃ、一生今日の話は出来んな」
 1ケ2万5千円のトロを噛みしめ、私は星空を見上げて、プリンスホテルの長い砂利道を踏んで、家路についた。

 

 

 

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