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伊太利亜 万華鏡紀行 南イタリア編

      2018/01/29

 

 一度行った地に2度は行かないという人がいるが、私は気に入れば何度でも同じ地に行く。季節や天候、時刻が違えば何かしら新しい発見があるからである。
それでもイタリアは今回が卒業旅行と思い定めて、2017年10月8日に出発した。イタリアを縦断する旅は4回目、夫婦では3回目となる。12日間で南から北へ、主な観光地すべてを廻る欲張りな旅である。

 

 

 最初に訪れたのはナポリから高速船で50分のカプリ島。10月の入場率が40%の青の洞窟へ。幅2m、海面からの高さ1mの入り口は、波が高くなると入れない。私達夫婦は、今回を含めて10月に2回、8月(同80%)に1回訪れているがすべて入場できた。友達と来た4月は大荒れで近づくことすらできなかった。

◆青の洞窟:奥行54m・高さ15m。この幻想的な空間は、水中に開いた穴から洞窟内に入った太陽光が石灰を多く含む白い海底に反射することで、海が青い光をたたえるように輝くのだと言われている。

 夏のシーズンには狭い入り口前に多くのボートがひしめき、1時間半から2時間待ちとなるが、毎回、待つことなく入場できている。ボートの底に仰向けに身を横たえて入場する。洞窟内は広いのだが、暗闇で岩に頭をぶつけそうな気がしてつい横になったまま。不自然な格好でシャッターを切るので、思うような写真が撮れない。

◆写真上:カプリ島・マリーナグランデ  下左:青の洞窟入り口  下右:カプリ島の海岸

 カプリはヤギの意。島にはヨーロッパでは珍しい柿の実がたわわに稔り、ブーゲンビリアが赤紫の花を咲かせている。名産のレモンを絞ったジュースは砂糖を何杯入れても酸っぱくて飲み干すことができなかった。

◆写真上:カプリの街 下左:カプリ島・ソラーロ山とマリーナグランデ 下右:カプリの街の中心街

 

 

 フェリーで渡ったソレント港には日本人の新婚カップルが何組もいて華やいだ感じ。海沿いの崖の上の細い道、大型バスに揺られてかなりのスリルを味わう。アマルフィの海岸(コスティエラ・アマルフィターナ)は、世界で一番美しい海岸線と呼ばれ絶景が続く。海からせり上がった山の急な斜面に家々が張り付くポジターノの町と、陽光煌めく紺碧の海に浮かぶ豆粒のようなたくさんの船。一幅の絵である。

◆写真上:世界で一番美しい海岸線・アマルフィ海岸  下左:ポジターノの街  下中と右:アマルフィの街

 アマルフィの町を訪れるのは初めて。10~11世紀ベネチア、ピサ、ジェノバと並ぶ海運共和国として君臨した栄華を今に伝える聖アンドレア大聖堂は6世紀の創建。外観、堂内ともに素晴らしい。西日が射し始める黄昏時、大聖堂正面のモザイクが輝きを増す。

◆写真上:アマルフィの聖アンドレア大聖堂と鐘楼  下左:大聖堂正面上部 下中:大聖堂鐘楼 下右:大聖堂内部

 ナポリへの帰路、何十本もの大きな栗の樹の熟れた実は今にもこぼれ落ちんばかり。突然ヤギの群れが道沿いに現れる。

 

 

 

 観光2日目は、ポンペイ遺跡。紀元79年、ベスビオ火山大噴火の火砕流は一瞬にして5mの深さに町全体を飲み込み、当時の人々の生活をそのままの状態で保存した。

◆写真左:ベスビオ火山  右:ベスビオ火山と公共広場

 火山を背景にした公共広場、神殿、市庁舎、碁盤の目のような舗装道路と馬車が通った轍の跡、横断歩道、水飲み場、1200人収容の半円形の小劇場、5000人収容の中劇場、宿屋、浴場、居酒屋、売春宿、パン屋、高級住宅、別荘、庶民の家、火山灰に埋まった人や犬などの石膏像など、1900年前の生活がタイムスリップして目の前に現れたような錯覚に捉われる。壁画が色鮮やかに残る。建造物や街区が古代ローマ当時のまま残る唯一の町。何度訪れても感動する。

◆写真左:ポンペイ遺跡の城壁  右上:ポンペイ遺跡の中劇場  右下:同じく小劇場

◆写真左:神殿  右:舗装道路、横断歩道、馬車の轍

 ◆写真上左:居酒屋
 上中:宅急便屋の看板
 上右:売春宿の壁画
 下左:灰に埋まった大人の犠牲者 の石膏像
 下右:子供の石膏像

◆写真左:高級住宅の床のタイル画 右2枚:庶民の住宅街

 ナポリに停泊する何艘もの大型クルーズ船の団体客が大挙して押し寄せ大混雑。写真を撮るのに気を取られていると人込みに紛れ迷子になってしまう。昼食のシーフードに南イタリアが誇る高級白ワイン、ラクリマ・クリスティー(キリストの涙)が実に美味しい。

 

 

 ナポリから東へ175㎞のマテーラは、カルストの岩山の上にある洞窟住居群で知られる世界遺産の町。1万年以上の時を生き延びた遺跡の町は世界中の観光客を惹きつける。ベルベデーレ展望台から見る白い街は、無人の廃墟のように静まり返り、陽気な南イタリアにはそぐわない感じ。僅かに赤いザクロの実が彩を添えている。

 表面は普通の家だが、内部には洞窟が広がる。柔らかい石灰岩の洞窟を掘り広げ、加工して住居としてきた。時代とともに進化し、15世紀、掘った岩を加工して入り口に建物を築いた。モザイクのように建ち並ぶ家々と迷路のような路地に観光客は迷子になるが、地元の人は煙突の形を変えて自分の家を見分けている。

◆写真上と下左2枚:マテーラの洞窟住居群  下右:洞窟住居の内部

 3000を超える住宅がひしめくマテーラには狭い土地を有効活用する工夫がある。下の家の屋根が上の家の前庭になり、何軒かの家に囲まれた袋小路のような場所は、複数の家が共有する空間になっている。洞窟住居の中は光が入らず、日中は皆ここで過ごしている。

 雨のない夏は乾燥するため、町の至る所に巨大な地下貯水槽がある。洞窟住居の文化的な価値が認められたのはここ2~30年のこと。60年前には馬などの家畜とともに住み、屋内の湿度が90%、雨水を生活用水にしていた。電気もトイレも風呂もない劣悪な環境に貧しい人のみが住んでいた。

◆写真左2枚:サンタマリア・イドリス洞窟教会  右:マテーラの街

 岩山の上にサンタマリア・デ・イドリス教会が建っている。11世紀に岩山をくり貫いて作られた洞窟教会である。他にも異教徒からの迫害を逃れたキリスト教の修道士が作った150を超える小さな洞窟教会がある。

 

 

 

 マテーラから1時間半ほど北東にバス移動して、とんがり帽子のような円錐形の白い民家(トゥルッリ)が並ぶアルベロベッロに着く。夕食後、ライトアップされた街へ。石灰岩の薄手の石を建材とする建築様式は古代から地中海沿岸でみられる。屋根にはラテン文字の十字架や月や魚、心臓の絵、ギリシャ語で神を意味するIHSなど家ごとに不思議な図像が描かれている。

◆アルベロベッロの夜景

 翌朝、観光3日目、明るい雨の中、再度400軒の白い壁のトゥルッリの連なるアイアピッコラ地区を散策。夜の寝静まった街と、人々が動き始めそこここに暮らしの息吹が感じられる朝の街とは印象が大きく異なる。

◆痩せた土地でも入手できる石灰岩で、接着剤や釘を使わずに造られたこれらの住居には、大国スペインの支配下で生き抜くための知恵と工夫が凝縮されている。

◆写真左:トゥルッリが連なるアイアピッコラ地区  右:聖アントニオ教会

 

 

 

 9時過ぎアルベロベッロを出発。オリーブ畑が延々と続く。所々にサボテンが赤い実をつけている。食用にもなるという。夾竹桃のピンクの花は満開か。やがて空も晴れ、右側にアドリア海の蒼い海。高い山がなくどこまでも平らな大地が続く。

 プーリア州の州都バーリアに入る。ヒマワリ畑、ジャガイモ畑、所々に笠松の並木。2時間も走ると風景が一変する。なだらかな茶色い広大な平原が大きくうねる。刈り入れの終わった畑か?発電用の風車がどこまでも続く。小高い丘の上には、中世に防衛上の目的で作られた町が見える。出発から3時間、ナポリ近郊まで戻って、ベスビオ火山が間近かに迫る。ナポリの北27㎞にあるカンパニア州カゼルタへ。

 ナポリ王国の国王カルロ7世が、1734年に建設したカゼルタの王宮は部屋数が1200。敷地内には24の国の庁舎、国立図書館、大学、国立劇場が建てられていた。一部未完成だがイタリア最大級の建築。周囲の緑に溶け込みながらも圧倒的な壮麗さと存在感を見せる。祖父のルイ14世が建てたベルサイユ宮殿以上かもしれない。ナポリの喧騒を避け、湾からの攻撃を避ける目的で作られた。写真を撮っていて高校生の大集団に巻き込まれ危うく迷子になるところ。

◆18世紀のナポリ王がベルサイユを凌ぐ宮殿をめざして建設したカゼルタの王宮

 120ヘクタールのバロック様式の庭園は、ベルサイユ宮殿の庭園を真似たものだが、美しさにおいては勝っているといわれる。スター・ウォーズ・エピソード1・2ではアミダラ女王の宮殿として撮影に使われた。

◆120ヘクタールの庭園には、中央3kmのロード沿いに、滝、ギリシャ神話に因んだ彫刻噴水群などが配されている。

◆写真左:王宮の天井画  右:王宮内部

◆写真左・中:スターウォーズの撮影に使われた階段  右:王宮内部

以下、イタリア旅行記・中部イタリア編へ

 

 

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