居酒屋 柴田 第14章:東京砂漠

      2024/02/06

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【十四】東京砂漠 (作詞吉田旺、作曲内山田洋、唄内山田洋とクールファイブ)

♬空が哭いてる 煤け汚されて 人は優しさを どこに棄ててきたのだけど
私は好きよ この都会が 肩を寄せ合える あなたが居る あなたの傍で
暮らせるならば 辛くはないよ この東京砂漠
あなたが居れば うつむかないで 歩いていける この東京砂漠
あなたが居れば あなたが居れば 陽はまた昇る この東京砂漠♬

 大阪の呑み屋は、その場に居合わせた皆が”一見さん“でも、すぐ仲間のような雰囲気になる。譬えるなら”銭湯“のようなものだ。それも然るべき固定客が無理なくその雰囲気を作り出す。二度の赴任で都合 10 年住んだ大阪のこういうところが石田は好きであった。
 たとえば北新地は本通りに「インディ」というクラブがある。丁度、「居酒屋柴田」の真裏側になる辺り。ママは一人だが、お客相手に中国、比国の安い出稼ぎをホステスとして1~2人置いている。常連に“タ~さん”と呼ばれる田中さんか田口さんらしき陽気な人が居て、彼が来ると静かな店がパアーと華やぐ。その登場からして賑やかで、ドアを開け、ママを見つけると手の平をスッと突き出し、「♬あなたが居れば(入れ歯)ぁー、私は差し歯ぁー」と唄いながら入って来る。何をやっている人か、どこの会社なのか全く知らないし、ママも決して明かさない。ということは先方も私のことを知らないわけで、お宅はどちらですか、などとお互い野暮な挨拶もせず、ひたすら楽しむのである。

 その彼の十八番が「東京砂漠」なのだが、これがまた上手い。朗々と歌い上げるのであるが、それにも増してこれまた並みでない“隠し芸”をもっている。 『昔々小咄』である。ホステスが新人に入れ替わる度に、日本語教育を兼ねて「小咄」講座が始まり、これがまた何度聞いても面白い。耳に入ってくるので、とうとう覚えてしまった。

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■【其の一: 金太郎の熊さん】
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
或る日、お爺さんが山の中で、大きな熊にでくわしました。
「ギャー」「まぁお爺さん、どうしたの、血だらけになって」
「山で」 「山で?」
「熊に」 「熊に?」
「しばかれた」

■【其の二: 鶴の恩返し】
むか~し昔、或る処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
或る日、お爺さんは山で怪我をした白い鳥を助けてあげました。
その晩遅く、トントン、トントン!
「はいはい、どなたじゃな?」
「お爺さん、今朝は有難うございました。
お返しに機を織って差し上げましょう。でも決して覗かないで下さいね。」
カタカタカッタン、カタカタカッタン!  何時の間にか・・・・シーン。
「婆さんや、音がしないけど、ちょいと見てごらん?」
「あれまっ、私の反物が全~部無い!!
お爺さん、今朝助けた鳥、ほんとに鶴だったの?」
「え~?、あれはサギだったのかな~」

■【其の三: 天の羽衣】
むか〜し昔、或る処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
或る日、お爺さんは天女が水浴びする「三保の松原」に行きました。
すると、松の枝に少し黄ばんではいましたが、それは綺麗な羽衣が 掛かっているではありませんか!!
「こりや有り難や、有り難や・・・」
お爺さんは周りを見回して、剥ぎ取るや否や 一目散に逃げました。
暫くして、浜辺の厠からよれよれのバアさんが手を拭き拭き出てきました。
「あれまっ、あたしの腰巻が無い!!ドロボー」

■【其の四: 浦島太郎】
むか〜し昔、或る処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
或る日、お爺さんは浜辺で子供たちが亀をいじめているのを見付けました。
「これこれ、いじめちゃダメだよ。亀さんも早くおうちに帰りなさい」
「お爺さん、有難う。お礼にこの玉手箱を差し上げます」
亀は何度も何度も頭を下げて、海に帰っていきました。
玉手箱を開けると、"ボヮ〜"、中から白い煙が出て、
お爺さんは一遍に白髪のジイさんになりました。
「ちょ、ちょと待てや、この話!竜宮城と乙姫さんはどないなってんのや?
鯛と平目の刺身が出て来るんとちゃうんかい?」
結局、お爺さんは折角いいことしたのに、若くして早死にしました。

■【其の五: 桃太郎】
むか〜し昔、或る処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
すると川上から大きな桃が、ドンブラコツコ、と流れて来ました。
そして中から赤い鉢巻をした凛々しい若武者が出て来て
「お婆さん、これから鬼退治に行ってきます!!」
若武者は犬と猿と雄に「きばれよ」と、きび団子を渡しました。
すると、猿がまた手を出してくるではありませんか。
「もう貰たろ? も、もろたろ?」

■【其の六: こぶとり爺さん】
むか〜し昔、或る処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
そのお爺さんは背が低くて、でつぶりしてました。
そこで村人たちはお爺さんのことを「小太り爺さん」と呼びました。
只それだけのことです。

■【其の七: かぐや姫】
むか〜し昔、或る処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
或る日、お爺さんが林の中で光る竹を見付け、
割ってみますと中から 可愛い御姫様が出てきました。
そのお娘様は月を見るとしくしく泣き出しますので
訳を聞きますと、 満月の夜、お月様からお迎えが来ると申します。
そこでお殿様にお願いして、姫を家中一のイケメン侍に嫁がせました。
すると、その夜から全くお月様か出てきません。
「かぐや姫や。いつお迎えが来るのかい?」。
「お爺さん。あの夜から月のものがありません」。

■【其の八: 一寸法師】
むか〜し昔、或る処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
或る日、お婆さんはお椀の船で川を下る一寸法師をお見送りしました。
「気をつけてね~」
やっと着いた京の都は荒れ果てて、すっかり鬼たちの棲家になっていました。
「キャー助けて~」赤い鬼がお姫様を小脇に抱えて出てきます。
「待てっ」一寸法師は飛び掛かりましたが、すぐ鬼に飲み込まれてしまいました。
「エイ、ヤッ」腹の中を針の刀でチクチク刺すと、堪らず吐き出されました。
「イタタタッ」鬼が逃げた後には、打出の小槌が一つ。とても大きくて持てません。
本来なら「大きくな~れ」と振ってくれる筈のお姫様はさっさと逃げてしまいました。
結局、一寸法師はお姫様とも一緒になれず。死ぬまで「一寸」のままでした。

■【其の九: 花咲か爺さん】
むか〜し昔、或る処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
或る日、お爺さんは村の外れに大きな桜の樹をみつけました。
お爺さんは若い頃から木登りが大~好きで、早速飛びつきました。
「お爺さん、アブナイ!! お止しなさい」
「ええい、放せ、放してくれ」
「お止しなさいってば、  もう若かないんだから」
「ええい、放せ、放さんかい!!」
村人たちはお爺さんのことを「はなさんかい爺さん」と呼びました。

■【其の十: 翔タイム
むか〜し昔、或る処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
お爺さんは旅が大~好きで、或る時、メジャーリーグの大谷を見たいと思い立ちました。
空港カウンターの金髪係官が尋ねます。
「What your destination?(どちらまで?)」
「To LA、Please(ロスアンゼルスまで)」
切符が≪2枚≫出てきました。
「ノーノ―!! Toじゃないのか。じゃ、For LA、please(ロスアンゼルスまで)」
切符が≪4枚≫出てきました。
「れれれっ Toでもない、Forでもない・・・、え~と、え~と」
そう、切符が≪8枚≫出てきました。
とうとう飛行機はお爺さん置いて、飛んで行きました。

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 「私の国にも昔話はいろいろあるよ」。インディには小怜という上海からの語学留学生がバイトで入っていた。
「例えば“韓非子”という本で、昔、楚の国の武具商人が絶対に矛を通さない盾と、絶対に盾を通す矛を売っていて、或るお客が “その矛でその盾を突いたらどうなるの?”って聞くの」。
「小怜。日本じゃ違うんだよ。“その矛は横から突きなさい”って言うの。つまり、“盾突くときは横槍入れろ”ってね」。
「タ~さん。それほんと? 小怜、本気にしちゃうよ。帰ったら学校の先生になるんだから」。和子ママが心配してきた。
「へえー。小怜は学校の先生か」。
「ハイ。上海帰ったら小学校の先生になるんです。だから日本のいろいろの話、持って帰りたいの」。
「おじさんもね。月に 1 回、日航大学の通信講座受けててね。講師は立川志の輔先生、ゼミは《日航寄席》って言うんだけど。先生はね、全部喋りで、黒板なんて使わない。扇子と手拭一本で講義やるんだよ」。
「ふ~ん。小怜。聞きたいな」。
「そうかい。じゃ先月聞いたゼミ、話してあげようか」。
「お願いします」。

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■「源公よ。金太の奴が、学校の先生が俺っちに会いたいと言ってるそうだ」。
「そりゃ、おめえ。金太が0点とったか、なんかで、《親の顔が見てえ》ということじゃねえのか」。

「先生、どうも」。
「いやいやお父さん、そんな所に立って居られないで、中にお入り下さい」。
「いつも金太の野郎がお世話になってます。で、何か金太がしでかしたんでしょうか? 例えば0点取ったとか」。
「いえ、それくらいのことでわざわざお父さんをお呼び立てなんかしません。確かに0点は0点なんですがね。実はその答えの出し方に何か、お心当たりはないかと思いましてね」。
「で、どんな問題なんです?」。

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■「まず算数から。第1問。ここにみかんが10個あります。太郎君と次郎君と三郎君で仲良く分けるにはどうすればよいでしょうか?」。
「で、金太の答えは?」。
「まず3個ずつ分け、残りの1個に袋が9ケあればいいけど、10ケだと分けようがない」。
「そりゃ、金太の言う通りだ。中を開けてみなくちゃ判らねえ。でも俺ならジューサーにかけるな。それが一番公平だ。で、第2問は?」。

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■「第2問.太郎君と次郎君が放課後、運動場の草取りをさせられました。1時間で太郎君は1/2,次郎君は1/3済ませましたが、2人で全部取り終えるのに何時間掛かるでしょうか?」。
「で、金太の答えは?」。
「それは太郎君と次郎君の仲の良さに依ると言うんです。つまり仲が良ければ早くやって遊ぼうよとピッチも上がるでしょうが、仲が悪いと太郎君は半分はやったんだから、さっさと帰っちゃうと」。
「そりゃ、金太の言う通りだ。そこまで押し付けちゃいけねえ。でもねえ、先生。放課後にやるってのは何か悪いことでもしたんでげしょ。もう、1時間も草取りさせりゃ、十分じゃねえですか。あとは明日ということで。子供は遊ばせてあげなくちゃいけねえ。で、第3問は?」。

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■「何か、朝からやり難いですねえ。まあ、じゃ次は国語の問題ですが、お父さん、十二支はご存知ですよね?」。
「十二支、ああ、十二支ね。えーと、えーと」。
「さすがお父さん。その“干支(えと)”の問題ですが、犬と猿と猫が居ました。仲間ではないのはどれでしょうか?」。
「で、金太の答えは?」。
「仲間外れはいけません。犬と猿は犬猿の仲と言ってみんな悪く言うけど、この前、お父っつぁんと動物園に行ったとき、猿山に入った犬が猿たちと仲良く遊んでた。また、犬と猫はうちで飼ってるけど、生まれた猫の子が犬のおっぱい吸ってる。みんな仲の好い仲間です」。

「そりゃ、金太の言う通りだ。あっしゃあね、いつも言い聞かせてんです。兄弟でも学校でも町内でも、みんな仲良くしなくちゃいけねえ。ところで先生。今日の本題ですが、何で金太は0点なんです?」。
「お父さん、もう結構です。よく判りました」。
「まあ、先生、そうおっしゃらずに。金太がどういう間違いをしたのか、親としては、よく知っとかなくちゃいけねえ。頼みますよ、先生。で、次の問題は?」。

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■「ウーン。じゃ最後ですよ。これが最後、答えは絶対にひとつしかない“歴史”と行きましょう。では歴史の問題。本能寺は誰が焼いたのでしょうか?」。
「で、金太の答えは?」。
「軍勢が1万人も来たのに誰が火を付けたかなんて、とても特定なんかできません」。
「そりゃそうでしょう、先生。それも400年も前ですよ。物的証拠もなけりゃ、状況証拠も難しい」。

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「いや、お父さん。も~結構です。よ~く判りました。一度お宅へお邪魔してもよろしいでしょうか?」。
「ええ、どうぞどうぞ。汚いとこですが、いつでも。で、ご用件は?」。
「一度、お父さんの《親の顔が見たい》」。

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「およしなさいよ、タ~さん。小怜。本気にしちゃって MEMO してるじゃない。学校で喋っちゃうよ」
「丁度いいんだよ。中国の勢いは怖いからな。今のペースじゃ日本は完全に取り残されて、 10年後には逆に日本から相当、出稼ぎに行ってるんじゃないか? だから今日の話で 1 年ぐらい遅れてくれるといいんだけどね」。
「まあ、呆れた。タ~さんの《親の顔が見たいわ!》」。
「ンっ。決まり。さすが和子ママ。ビシッと決めたね。じゃ、今日はこんくらいにしとったろか」。
「エーッ。タ~さん。もう帰るの?」
それまで一生懸命、MEMO の清書をしていた小怜が手を止めて言った。
「次の“お座敷”が待ってるんでね」
腰を上げながら、そう決め台詞を言って、タ~さんはいつものように颯爽と引き揚げる。ナイスガイ的風貌には程遠い、ただの”禿げ親父“なのだが、その現われ方、消え去り方がなんともスマートなのである。

完。

 

 

 

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