東京寿禄会句会◆近況報告new

   

■第112回東京寿禄会句会

◎日時 令和4年10月8日(土)12時半~
◎場所 新橋駅前ビル5階「鳳龍クラブ」
◎兼題:鰯雲、当季雑詠の二句
◎参加者 9名

◎兼題 いわし雲

◎メンバー
【当日出席者】
一言斎/齋藤利久、空遊/佐久間典子、春鳥/中村洋子、松毬子/松嶋雅章、高尾/小野塚満郎、
とんぼ/下枝堯、ひげ坊主/栗川稔、福香/富安清子、にが瓜/竹田範弘

【投句参加者】
梅郷爺/中島康博、木楽/相賀誠
【仕事で欠席・投句無し】
櫓石/出島一男
【過去に在籍したメンバー】
鮟肝/山本智子、虚夢/白水秀俊、柏駿/中川健一、馬骨/吉田泰彦、ちか女/小野塚智香子、
宗匠/長谷川法世

東京寿禄会句会二十年の歩み 

 当のメンバーたちが一番驚いていることだが、東京寿禄会句会は実に二十年の歴史を持つ。平成15年(2003年)2月、宗匠=長谷川法世氏の呼びかけで第一回句会を四谷蕎麦「長寿庵」二階において開催。二十年が経過し、令和4年(2022年)10月8日に第112回句会を新橋「鳳龍クラブ」で開催するに至った。この間、平成24年(2012年)に第50回句会開催を記念して『合同句集ともがら ①』を、さらに令和2年(2020年)には、第 100回句会開催を記念して『合同句集ともがら ②』を上梓した。

 令和4年7月、コロナ騒ぎは依然続いていたが、山は越えていると判断。待ち望んでいた対面句会を111回から予定していたのだが、開催時コロナ第7波騒ぎが続き、出席者は6名にとどまり、投句5名を加え、電子句会形式に切り替えた。112回は、9名の出席、2名の投句をもって開催、令和2年年初から途絶えていた対面句会をようやく復活させることができた。

互選結果

 われわれ東京寿禄会句会の進め方は、当回幹事から出された兼題(今回は「鰯雲」)と当季雑詠(自由句)の二句を、会場にてメモ用紙に記入して提出。それを字の上手な人が用紙2枚に転記、人数分コピーして配布する。採点は「天地人」方式。各自読み込んで採点し、優れた句を「天」3点、「地」2点、「人」1点として選び出す。各自採点を終えたら句会がスタート、順番に各自の評価を発表、句ごとに点数を計算し、多い順に「天、地、人」が選ばれる。今回の結果は以下の通り。

◎兼題:鰯雲

天 釣人のふる竿の先いわし雲

地 鰯雲相模の峰を泳ぎ来し

人 水平線船は網揚ぐいわし雲

◎自由句

天 冷まじや小雨に濡れて老いを知る

地 栗を剥く暫し縄文人となり

人 彼岸花種蒔く畝を眺めおり

 自由句で、「栗を剥く暫し縄文人となり」と「冷まじや(すさまじや)小雨に濡れて老いを知る」が一票差で天と地を分けた。栗の句に天を入れていた人が3人で9点、冷まじやの句には「すさまじや」と読むルビがふってあり、栗の句より二人多い5人が投票、10点であった。

 栗が縄文遺跡から見つかっていることを出席者全員が知っていたか否かは不明、結果一点差で「冷まじや」の句が天、「栗を剥く」が地となった。二つとも素晴らしい句であることに間違いは無いが、栗の句を正確に読みとった人が何人いたかは不明である。

丁々発止のラリーが愉しい

 さて採点が終わり、句の作者が判明したのち、いろいろ評価、分析が行われる。この時間帯が、当句会の一番盛り上がる時間となる。
 力量のある人から無い人へ、「あなたは、句会を始めた当初から今まで、勉強してない、勉強する姿勢が感じられない」と、痛烈な批判が飛び出すことも。しかし言われた方も負けずへこたれず、「これからさらに精進、努力を重ねます」と堂々と言い返す。メンバー全員が言いたいこと言い、抵抗しつつ、丁々発止の修羅場を楽しんでいる。こんなやり取りができるのも、同年句会、寿禄会仲間句会ならではの事ではないだろうか。

大ボケ小ボケのギャグ応酬

 句会の進行では、採点前に当番幹事が兼題ごとに句を読み上げることになっている。しかし今回の当番幹事は読もうとせず、代読を指示してきた。理由を言わないので、字が読めないのか、目が悪いのかは不明。次に各自採点結果を発表するときに自らの俳号を言う決まりだが、自分のではなく別人の俳号を言い出す人がいる。原因は不明。次に誰かが発表していると、聞きとれない人、何と言っているのか判らないと聞き返す人が続出。まさに、老人会句会の様相を呈し、もう何が何やら・・・。

 当句会メンバーの力量には差がある。俳句塾に通い、勉強、修練を重ねた人、学生時代から読書に親しみ、歴史、言語に長けている人、歳時記、辞書、電子機器に親しみ、使いこなしている人、一方で勉強せず、参加することに意義ありと居直る人、などなど。従って選者の力量、つまり句の真意、真の価値を理解できているかによって、採点結果に微妙な影響が出てくるのは致し方ない。そう、必ずしも優秀句が「天」を得るとは限らないのだ。

モノ忘れ自慢「オレも俺も!」でひと安心

 二次会には当然のごとく、男子6人が新橋名物の焼き鳥屋へ繰り出す。メンバーなじみの店で2時間余り、大いに飲み、食べ、喋った。話題はほとんど昔話である。

◆写真は左から小野塚、齋藤、松嶋、下枝、竹田、栗川の各氏

 そして、二次会も終わり全員満ち足りた思いで、新橋駅(焼き鳥屋から歩いて数分)から東西南北へ向けて、家路についたのであった。

不屈のスピリットは今なお健在

 当句会が20年超えの長きにわたり継続できている要因は何だろうか。参加者の句会開催への意欲が高いことが第一だが、それに加え開催会場に良き場所を得たことが挙げられる。当初は四谷の「長寿庵」という歴史ある蕎麦屋の二階を借りられたことが大きい。最大の危機は、長寿庵が店仕舞いをした時であった。その時はメンバーの中島氏の尽力で、新橋駅と地下でつながるビル5階の一部屋を利用することが出来た。仲間が集まるのに、交通の便を含め、またとない最高の場所である。

 メンバー全員がパソコン電子メールを駆使し、使いこなしているのもわれら同年代としては稀有のことといえる。お陰でコロナ禍にあっても、“電子句会”の開催で、困難を乗り越えてきた。さすが「質実剛健」を旨とする、福高健児の気概は今なお健在である。

 

 

 

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