春のフランス花紀行⑧new

   

◆修道院最上階の回廊

 

 
 

 

 

 

(モン・サン・ミッシェル:阪急交通社HPより)

西のテラスからの眺望と鐘塔と大天使ミカエル像

 西棟の2階と3階の基礎は重なり合っており、上へ向かうほど軽くなる構造になっている。建物の外側は強力な控え壁に支えられている。

 哨兵の間を通り、大階段を登って、右側の教会と修道僧の居住棟の間を進むと西のテラスに出る。14~16世紀にかけて建設されたこの居住棟は、修道院の幹部たちが住んでいた。

◆西のテラス

 テラスからは、湾を望み、ブルターニュ西方のカンカルの岩礁、東側にはノルマンディの岸壁、南西に広がるドル山の花崗岩盤や北方にトンプレーヌの小島を見渡すことができる。また、1897年に完成したネオゴシック様式の尖塔と鐘楼、金メッキを施された大天使ミカエルの像が見える。

西のテラスからみる干潟と鐘塔:スライドショー(縦2枚、横3枚)

鐘塔の先端の黄金色に輝く大天使ミカエル像

修道院建築の至宝「メルヴェイユの棟」と地上80mの修道院最上階の回廊

 1000年から1010年の間に建設された修道院付属の教会は、標高80mの岩山の頂上、長さ80mに及ぶ土台の上にある。

 13世紀初頭に建設された北面の3階建ての2棟を含む部分は、「メルヴェイユの棟」と呼ばれる。修道院建築の至宝ともいわれ、ゴシック建築の傑作。4階にわたる2つの棟が傾斜した岩に建てかけられており、13世紀の建築家たちの高い技術水準を余すところなく示している。

 地上80mに浮かぶ回廊は、アーチが印象的な柱が立ち並ぶ。ここで中世の修道士たちは読書や瞑想にふけっていた。少しずつずれてリズミカルに2列に並ぶ円柱は、どこまでも続く無限の世界を表している。円柱が交互に立っているのは、修道士の歩くリズムに合わせたもので、祝祭日には礼拝の行進が行われた。

修道院最上階の回廊:スライドショー(横5枚)

 ここから食堂、厨房、教会、寝室、古文書保管室やさまざまな階段につながっている。海に面したモン・サン・ミッシェルは風が強く窓が割れやすいので、食堂は、西側に細い窓をたくさん作って光を採り入れた。大天使ミカエルに、岩山の上に礼拝堂を建てよと命じられたオベール司祭のレリーフがある。
 列柱は、重量を軽くするため骨組みには木材が使用されている。階段を降りると食堂の真下にあたる2階の迎賓の間に出る。王や貴族たちを迎えるための部屋で、大きな暖炉では、高貴な巡礼者のための食事が作られていた。天井は優雅なアーチに飾られている。

食堂:スライドショー(横3枚)

光が降り注ぐとステンドグラスが美しく光り輝く内陣礼拝堂

 次に進むと、教会のゴシック式内陣を支える土台として15世紀半ばに作られた太柱の礼拝堂に出る。聖職者だけが入ることを許されており、上へ上へと途切れることなく伸びる垂直の線の美しさには目を見張る。東向きの窓から朝日が差し込むと、内陣に光が降り注ぎ、ステンドグラスが光り輝いて得も言われぬ美しさとなる。キリスト教では、光は神を表すものと考えられている。マルティヌス礼拝堂は、修道院付属教会の南側の交差廊の土台として1000年に建設された。高さ9mの円天井は圧巻。

内陣礼拝堂:スライドショー(横2枚、縦2枚)

牢獄時代に囚人用の食物を上階に運搬するための車輪

 礼拝堂からかつて修道院の納骨堂であった通路に進む。大きな車輪は、修道院が牢獄として使われていた1820年、囚人用の食物を上階に運搬するために設置された。中世の工事現場で使われていたもの。中に囚人が入り、歩いて車輪を回して鎖を巻き取り、荷物を引き上げていた。

◆囚人用の食物を上階に運搬するための車輪

騎士の間と石膏の大天使ミカエル像

 南・北階段を通り、ロマネスク修道院の中軸ともいえる修道院の遊歩道に出る。2つの身廊を持つ長いホール。

 広い騎士の間は、洗練されたアーチの部屋になっており、尖塔の頂上の黄金のミカエル像のモデルである白い石膏の像が置かれている。騎士の間は列柱を支えるために建設され、修道僧たちはここで執務に励んだ。最後に司祭館に出る。この館で修道僧たちは下層階級の人々やあらゆる巡礼者たちを迎えていた。

騎士の間:スライドショー(縦1枚、横2枚)

 

◆大天使ミカエル(サン・ミッシェル)

◆石膏の大天使ミカエル像

  新約聖書ヨハネの黙示録に登場するミカエルは、天使の軍団を率いて悪と戦う守護聖人として知られる。悪魔の象徴である竜と戦い、これを打ち倒す。来世への不安を抱えながら生きていた人々にとってミカエルは、死者を導き、最後の審判を迎えた日の魂を癒すとされていた。モン・サン・ミッシェルとは聖ミカエルの山という意で、これまで何度も大天使ミカエルの奇跡が起きた聖地として、信仰を集めてきた。4世紀以来ローマ帝国に広く行き渡っていたミカエルに対する崇拝は、492年にイタリアのカシノ山で最初の聖堂が建設されたのをきっかけとして、ヨーロッパへ浸透し始めた。1000年頃には、ミカエルを奉った教会やチャペルがヨーロッパ各地の丘や台地に数多く建設されるようになる。
 英国との100年戦争で山を守り続けた事実も手伝い、ミカエルへの崇拝観念はより強まっていく。さらに、反宗教改革をきっかけとして、カトリック教会にとってプロテスタントに対抗できるのは天使の軍団のみであるという新しい観念も生まれた。
 キリスト教に関する書物の中でミカエルは、よく剣と秤を持った姿で描かれている。
 鐘塔の上に突き出るようにして立つミカエル像は1897年、32mの新しい尖塔を飾るために製作され、1987年修復され現在に至っている。

堅固な要塞としてのモン・サン・ミッシェル:スライドショー(横1枚、縦2枚)

◆モン・サン・ミッシェル前に広がる牧草地 左側に羊の群れが見える

 晴れて、気温23℃、2時40分、快適なモン・サン・ミッシェルの観光を終える。2時間20分で、次の目的地オンフルールへ。

- フランス花紀行⑨へ続く -

 

 

 

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