春のフランス花紀行①
2021/12/01
フランスは女性にとって憧れの国。妻もその例にもれない。最初の渡航先に選んだのもフランス。時は1991年8月。長女高校1年、二女中学1年の夏休みの家族旅行。
以来、季節を変えて訪れること8回。2011年には、薔薇や石楠花の咲き乱れる最も美しい季節5月に訪れた。フランスの南から北へ11日間に亘って巡った花の紀行をお届けする。
2011年5月5日昼12時、関西空港を飛び立ったエールフランス機はパリを経由して、夜9時半南仏ニースに着陸。ホテルに入ったのは10時20分。
ニースは、かつてヨーロッパの王侯貴族が避暑に訪れる高級社交場だったが、今はフランス最大のリゾート地。旧市街はイタリアムードに溢れている。
◆朝食後ホテル出発まで時間があり、一日の活動を始めたニースの街を散策。
コート・ダジュールの海岸へ出る。降り注ぐ陽光を浴びて真っ青な海がきらきらと輝いている。
コート・ダジュールは、カンヌからニース、モナコを経てイタリアに続く地中海岸。「水色の海岸」の名のとおり紺碧の海岸線が続く。1820年、在留イギリス人たちの出資によって造られた海岸沿いの全長3.5kmの大通りを「プロムナード・デ・ザングレ」(イギリス人の散歩道)という。
◆コート・ダジュールの風景
19世紀末から第1次世界大戦にかけてのベル・エポックと呼ばれる時代にできた豪壮なホテルや邸宅が建ち並んでいる。19世紀に建てられたホテル「ネグレスコ」もそのひとつ。ホテルに泊まった著名人・芸術家は数知れず。また多くの映画のロケ地にもなった。
高級ホテルが建ち並ぶ海沿いの道をジョギングする人、犬を連れて波打ち際を散歩する人…日常の市民の生活が垣間見られて心なごむ。この日、ニースはきれいに晴れ上がり28℃と快適な気候。
ビキニ姿の美女達が寝そべる砂浜を想像していたが、玉砂利の浜、それもけっこう大きな石で、厚めのマットを敷かないと寝そべることはできそうにない。とろが夕方、再訪してみると何も敷かず直に横たわる人がたくさんいて驚く。尻の皮が厚い?
午前8時半ホテルを出発。地中海の眺めを楽しみながらバスは走る。海には巨大なクルーズ船が何艘も浮かんでいる。1時間10分ほどでモナコ公国に着く。
ニース~モナコ間、地中海沿いの道を行く:スライドショー(横6枚)
モナコ公国は1297年、修道士に変装したフランソワ・グリマルディが、ジェノバ人の要塞を占拠したのが始まり。以後、列強の侵略にさらされながらも独立を守り抜く。19世紀中頃カジノを導入して、リゾート、観光国として発展。小さな街の中に優雅な邸宅や美しい広場が見事な調和を保って並んでいる。リヴィエラの真珠と称えられる。1956年、レーニエ3世がハリウッド女優グレース・ケリーを妃に迎え、モナコの名を世界に知らしめることになる。
面積2㎢(日本の皇居の2倍程度)、バチカン市国に次ぐ世界第2の小国。人口3万7000人。公用語はフランス語。通貨はユーロ。
◆大公宮殿
1215年にジェノバ人が築いた要塞跡に建てられた。宮殿前広場では毎日11時55分に衛兵交替式が行われる。宮殿のある丘の上からの眺めが素晴らしい。市街地や多数の高級ヨット、クルーズ船が停泊するモナコ湾、モンテカルロのF1コースが一望の元。
◆モナコ大聖堂
◆モナコ港
◆左:モナコ市街、 右: 大公宮殿前からモナコ港方面を見る。
大公宮殿前広場:スライドショー(縦2枚、横2枚)
◆ル・カジノ・モンテカルロ
カジノをしなくても大理石のエントランスホール、目を見張るような天井画や壁画、クリスタルのシャンデリア…… 宮殿のような内部を見学するだけでもよい。
◆モナコF1グランプリ
モナコ公国のモンテカルロ市街地コースで行われるF1世界選手権レース。市街道路がそのままサーキットになるスリリングなレースとして人気が高く、世界3大レースの一つに数えられる。バスで実際に走ってみて、こんな狭い道を猛スピードで走り抜けるとはさすがプロと感心する。街のあちこちにはレースが5月26日から29日に開催されるとの横断幕が掲げられている。
◆左:モナコ市街とF1コース、右:モナコ市街地
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