万葉集から演歌まで 好きな詩・短歌・俳句・歌詞を教えて下さい。  ( 010 お富さん 廣渡清吾 )

      2021/05/23

廣渡 清吾

 山本さんの「クーニャン」母子伝承にあやかって、思い出してみました。ぼくの母は、たぶん、歌がそれほど得意でなく、母子伝承でぼくが歌えるのは、淡谷のり子の「雨のブルース」と大津美子の「ここに幸あり」くらいです。「雨のブルース」の「雨よ降れー降れー」という切ない出だしを彼女はふざけて「尻よふれー、ふれー」などと歌っていた記憶があるので、まったくロマンチックではありませんでした。

 母が熱をいれてぼくに接したのは、歌舞伎の話でした。母の父親、ぼくの祖父は、川上音二郎(1864-1911、筑前黒田藩出身の新派劇の創始者)に憧れて歌舞伎役者を志し、少年時代、出奔し、下関まで行って、連れ帰られたというエピソードがあったとか。戦前の博多では、大博劇場で歌舞伎興行が行われて、女学校時代、母は、学校を休んで(休まされて)祖父と(祖母も)歌舞伎に見に行ったそうです。1920年にできた大博劇場は、上呉服町にあり、戦後は演劇興行が振るわず、60年代半ばには映画館専用になり、1972年に閉館しています。ぼくはここで映画をみたことがありますが、歌舞伎をみたことはありません。

 彼女はそうしたことを語りつつ、歌舞伎の有名出し物の見せ場を所作つき、台詞つきで解説してくれたのでした。いくつも覚えていますが、そのなかでも、得意の出し物が与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)の源氏店(げんやだな)の場面です。かつての情夫、与三郎がお富との再会でこう啖呵をきります。ちょっと間違って覚えているかもしれません。

 「御新造さんへ、お上さんへ、お富さんへ、いやさお富、久しぶりだなー、34か所の刀傷、誰がーために受けた傷だ、これが一分じゃあ、すまされめーが」

◆海老蔵の与三郎と玉三郎のお富

 母がぼくの前で何度も演じたこの歌舞伎名場面は、春日八郎の「お富さん」で社会に普及します。この歌は、今調べると1954年発売なので、母子伝承と歌謡曲伝播の時間的前後は記憶上交錯して不明ですが、もちろん、3番まで(4番まであるようです)ちゃんと歌えます。

 

 

お富さん   昭和29年 作詞:山崎 正  作曲:渡久地政信  歌:春日八郎

 

 粋な黒塀 見越しの松に 仇な姿の洗い髪
 死んだはずだよ お富さん
 生きていたとは お釈迦様でも
 知らぬ仏の お富さん
 エーサオー 源氏店

 過ぎた昔を 恨むじゃないが
 風もしみるよ 傷の痕
 久しぶりだな お富さん
 今じゃよび名も 切られの与三よ
 これで一分じゃ お富さん
 エーサオー すまされめい

 かけちゃいけない 他人の花に
 情けかけたが 身の宿命(さだめ)
 愚痴はよそうぜ お富さん
 せめて今夜は さしつさされつ
 飲んで明かそよ お富さん
 エーサオー 茶わん酒

 お富さんの歌詞は、7、7、7、5の繰り返しになっています。これは都都逸の形式だそうですね。いいなと思う句は、「かけちゃいけない 他人の花に 情けかけたが 身のさだめ」です。ここにお富・与三郎関係の核心?があります。

 「与話情浮名横櫛」は、というより、祖父と母が愛した歌舞伎に興味があっても、接触はまったくありませんでしたが、市川新之助が海老蔵襲名の折に、歌舞伎通で海老蔵ファンの友人に歌舞伎座に何度も誘われて、源氏店の見せ場にも出会えました。もちろん与三郎は海老蔵ですが、お富は尾上菊之助でした。もう15年ほども前のことで、ご両人とも本当に綺麗でした。

 

 

 

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