万葉集から演歌まで 好きな詩・短歌・俳句・歌詞を教えて下さい。  ( 003 防人歌 市丸幸子 )

      2024/05/13

当コーナーは、白水秀俊さん発案の新企画です。
これまでの人生の折々に心を揺さぶられた詩や短歌、俳句、歌詞などを披露し合い、
「うん、そうだね、わしもそう思う」とか、「よく似た詩が他にもあるよ」だとか…
ケンケン諤々、楽しい文芸論争を繰り広げようというものです。
皆さん、どしどし投稿してくださいね。(編集部)

というような感じで、人にお勧めしている手前、私も投稿をしてみようかと・・・。
万葉集に掲載の防人の歌からイメージを膨らませ、防人の青年が令和の時代にタイムスリップ
してきたという物語を書いてみましたので、読んでくださいね。

 

■作者:池田舎人大島(おさだのとねりのおおしま)  万葉集 巻20・4401
■現代語訳 防人に召集され、遠国へ旅立つことになった私の着物の裾に取り付いて、行かないでと泣く子供たちを故郷に置いてきてしまった。母親はすでに亡くなっているというのに…。 

 

 

 こんにちはお嬢さん、対馬へはご旅行ですか?お友だちと旅行なんて、いいなあ、楽しそうですね。
あっ、そんなにビックリしないで。怪しい者ではありません。僕は防人二十歳。大陸からの侵略に備えるため、対馬を守っている国境防衛隊の兵士です。ドラマのロケじゃありませんよ、本物です。

 いいえ対馬の人間ではありません。僕たち仲間はみな東国から連れて来られたのです。こう見えて故郷には妻の忘れ形見の二人の幼児がいるんですよ。父と母も健在で、家族仲よく平和に暮らしていたのですが・・・。

 ある日突然役人がやってきて、「お前は防人に選ばれたから」って召集令状を渡されました。令状を受け取ってからは、息つく間もないあわただしさで・・・。すぐに国府に集合させられ即出発というんですから、家族と別れを惜しむ暇もなく、まさに生木を裂かれるような別れでした。防人に行くのは国民の義務ですから、逆らうことはできません。

 東国を出発して難波までは徒歩の旅です。一日四十km近く歩いて一カ月以上かかりましたね。防人交代の時期は三月ですから、出発したのは一月中旬頃だったかな。道中は見知らぬ方々のお世話になるのですが、宿が見つからないと野宿です。大雪や身も凍るほどの寒風が吹きすさぶ中の旅は辛かったな。 

 峠を越え川を渡り、しだいに故郷が遠ざかっていくと、自分はこれからどうなるのか、家族の暮らしはどうなるのだろう、果たして生きて帰れるのかと、不安と絶望感で胸がつぶれそうでした。難波から太宰府まで船に乗り、大宰府からは再び陸路と船で、ようやく任地である対馬に着いたというわけです。

 島での任務ですか? 毎日海の彼方を睨みながら、この山城「金田城」を警護しています。おかげでまだ一度も敵の侵攻はないので、それだけは幸運でした。

 配給なんてないですよ。田畑を耕して、日々の生活はすべて自給自足です。武器だって自分で用意するんですよ。ついでながら、東国から任地までの移動にかかった旅費や生活費も自前です。もちろん手当なんてありません。お国を守るために働いているというのに、お上のやることは冷たいですよね。

 毎日思うのは故郷に残した家族のことばかり。花が咲けば花に、月を見れば月に故郷を思い出し、家族の無事を願っています。そんな日々の辛さや望郷の想いを詠ったのが「防人の歌」なんです。あの大伴家持さんが僕たちに歌を作らせ、出来の良いものは「万葉集」に掲載されています。で、僕が作ったのがこの作品です。

 

唐衣(からころも) 裾に取りつき 泣く子らを 置きてそ来ぬや 母(おも)なしにして 

 

 あっ泣かないで、お嬢さん。僕の話で泣かないで下さい。こんな僕にも希望はあるんです。もうすぐ三年の年季が明けるので、家族に会えます。まだ若いですから、故郷に帰ったら頑張りますよ。

 それとね、防人の任務は無駄だったとは思っていません。ここだけの話ですが、大君のために戦う気持ちはないけど、僕たちの任務が国の父母や子供たちを守っているのだと思えば、辛さにも耐えられます。戦いに赴く男たちの想いは、古今東西同じじゃないかな。

 ああ、もう行かなくっちゃ! 話を聞いてくれてありがとう。あなたは優しい人ですね。今日はいい人のところにタイムスリップできて楽しかったな。時々でいいです、遠い昔に僕たちみたいな人間がいたことを思い出してくださいね。それではご縁があったら、また会いましょう。

 そうそう、さっきここにいない誰かと話をしていたのが携帯電話というものですか? 相手は恋人? いいなぁ、羨ましいな。そんな便利な道具が僕たちの時代にあったら、家族にも心配かけずに済んだのにね。平和って素晴らしいですよね。お嬢さん、どうぞその彼氏といつまでもお幸せに。

 

 

 

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