福高寿禄会|福岡県立福岡高等学校16回卒業同窓会|

福岡県立福岡高等学校16回卒同窓会のホームページへようこそ。

今迄の合計閲覧頁数 現在の閲覧者数:

伊太利亜 万華鏡紀行 北部イタリア・山岳編

      2018/03/25

 

 
 2017年10月15日、観光7日目。フィレンツェを出発しベネチアへ。今朝も濃霧。3時間半のバス移動。旅の疲れでうとうとする。ベネチア本島の外れトロンケット島からモーターボートで中心地サンマルコ広場へ。

◆水上から見たベネチア

 
 ベネチアはアドリア海に面する干潟に無数の杭を打ち込んで作られた街。5世紀にその歴史が始まる。15世紀にはキリスト世界でも屈指の海軍力を持つ都市国家となったが、18世紀末ナポレオン・ボナパルトに侵略され崩壊した。1866年普墺戦争の結果、イタリア王国に編入される。

◆左2枚:水上から見たベネチア

 ◆ベネチアの新行政館

 
 霧が晴れ抜けるような青空が広がる。気温23℃と快適。昼食の前菜は名物イカ墨のパスタ。メインは白身魚のムニエルのトマトソース添え。なかなかに美味しい。ハウスワイン375mlが10ユーロ(1350円)と高い。

 

 

 

  ◆イカ墨のパスタ

 

 
 サンマルコ寺院へ。煌びやかな外観も美しいが、内部のモザイク装飾も素晴らしい。写真撮影禁止なのが悔しい。大潮の時、広場一帯は数10cm浸水する。広場の隅には渡り廊下のような高さ50cmくらいの台が積まれている。寺院の床も潮に浸かるため傾いたり、うねったりしている。

◆サン・マルコ広場、旧行政館、サン・マルコ寺院

◆サン・マルコ寺院正面

◆左3枚:サン・マルコ寺院ファサード  ◆右端:サンマルコ寺院正面拡大

 
 ガラス工房ではベネチアングラスの製作実演を見学。鮮やかな手並みに拍手が湧く。あまりの美しさに毎回何かを買ってしまう。今回は黒いネックレス。

◆ベネチアングラスの制作実演

 

 
 ゴンドラ遊覧は30分ほど。写真で見ると美しい運河も生活排水が流れ込んで汚く、臭い。それでも狭い運河をたくさんのゴンドラが行き交う様は情緒がある。乗らずに橋の上から眺めているに限る。

◆ゴンドラ夕景

◆ゴンドラから見る「溜息の橋」。ドゥカーレ宮殿の尋問室(左側)と古い牢獄(右側)を結んでいた。囚人たちが投獄される前、最後に見るベネチアの美しい景色に溜息をもらしたというところから、詩人のバイロンが名づけたと伝えられている。

 

◆ゴンドラとサン・ジョルジュ・マッジョーレ島と教会

 

 
 サンマルコ広場に聳える鐘楼は96m。4度目にして初めて登る。塔が好きで各地で登ってきたが、ほとんどすべてが螺旋階段を歩いて登る。歳をとるとかなり応える。それでも搭上からの眺めの素晴らしさに魅かれて登る。幸い鐘楼にはエレベーターがあり数分で登り切る。

◆鐘楼から見たベネチアの街

◆鐘楼から見たベネチアの街

◆鐘楼

 
 ベネチア本島中心部が一望の元、鳥になった気分を味わう。いつか巨大クルーズ船のデッキからも眺めてみたい。

◆サンタマリア・テッラ・サルーテ教会

◆サン・ジョルジュ・マッジョーレ島と教会

 
 シーフードリゾット、小エビ、イカリングのフライの夕食はまずまずの味。200mlのビールもオレンジジュースも5ユーロ(680円)。復路、水上からベネチアの夜景を楽しむ。

◆復路、水上から見たベネチア夜景

 


 

イタリア北東部の山岳地・ドロミテへ

 
 観光8日目は、8時に出発。少し寒いが一片の雲もない快晴。真っ青な空がどこまでも続く。小さな村々を抜け、岩山と黄葉の絶景が続く道を走る。バスの最前列に席をとり、カメラのシャッターを押し続ける。数百枚撮って、プリントできるのは数枚。

◆ドロミテ山群と山麓の村

◆左2枚:ドロミテ山麓小村の教会、 右:山麓の村

 
オーロンツォ小屋からラヴァレード小屋までハイキング
 

 11時20分、ドロミテのオーレンツォ小屋へ。標高2320m。冬の訪れが早く先週、閉鎖が決まっていたが、天気が回復し気温がいっぺんに10℃も上昇して再オープンとなった。幸運としか言いようがない。

◆左:周囲を岩峰に囲まれたオーロンツォ小屋、右2枚:オーロンツォ小屋からの眺め

 111時45分ハイキングスタート。遥かかなたまで見渡せる。雄大な岩山の茶色と樹々の緑と黄葉が織りなす眺めが素晴らしい。尖塔のように垂直に聳え立つ3000mの3つの岩峰トレ・チーメが、圧するように頭上に覆いかぶさってくる。

◆オーロンツォ小屋からラバレート小屋へのハイキングコース

 
ラバレート峠2454mでハイタッチ!

 
 想像を絶する景色が続き、立ち止まってはシャッターを押しているうちに、一行からどんどん遅れる。ラバレート小屋に着く頃には、すでに多くの人はラバレート峠に向かって登り始め、その姿は小さくなっいく。息が切れ、脚にもかなりきている。途中で引き返すつもりで一歩一歩ゆっくり歩を進める。ところが峠を登る仲間はいつの間にか脱落して、妻ともう一人の男性と3人のみになっていた。峠の上2454mまで登り、ハイタッチ。数日前に降ったのか所々に純白の雪が残っている。

◆ハイキングコースからの眺め

◆ラバレート小屋

 復路は、1時間かかるところを40分で踏破。カップルで登り切ったと皆から感心され、讃嘆されることしきりだった。もっとも参加者の大半は高齢者
 

 
ミズリーナ湖
 

 標高1756mのミズリーナ湖畔のレストランで昼食。湖で採れる鱒が美味しい。ミズリーナ湖畔を巡るハイキングへ。あまりの美しさに声もない。真っ青な空、白い岩峰、黄葉の山々、緑の樹々、碧い湖面、澄んで冷たい湖水。あちらこちらから感嘆の声が上がる。この景色だけでも旅に来た甲斐があった。まさにベストのタイミング。

◆ミズリーナ湖:1956年のコルティナダンペッツォオリンピックでは、スピードスケートの会場となった。オリンピックのスピードスケートが、自然の氷上で行われたのはこの時が最初で最後である。

◆上と下:ミズリーナ湖畔の眺め、背後に見えるのはドロミテの山々。

◆元気にミズリーナ湖畔をハイキング、右は湖畔のカフェ

 
秋色のコルチナ・ダンペッツォ
 

 夕方、ドロミテ山麓にある人口5900人の小さな町コルチナ・ダンペッツォへ。1956年に第7回冬季オリンピックが開かれた町。1時間ほど散策を楽しむ。紅葉が盛り。名産のキノコ、ボルチーニを土産に買う。

◆コルチナ・ダンペッツォの教会と紅葉の街

 
 


 

 

 観光9日目、宿泊地ベネチアは今朝も深い霧に包まれている。数日前も3隻の大型クルーズ船が霧で入港できず、港外に停泊していたという。8時半ホテルを出発。西へ3時間半のバス移動。

 12時にミラノ着。政治の中心ローマに対し、ミラノは経済の中心。周辺は工業が発達。農業、酪農も盛んでイタリアで最も豊かな地方といわれ、湖水地方やリヴィエラ海岸などリゾートも抱える。ファッションの街としても知られる。南イタリアの人は背が低く純朴で低収入なのに対し、北イタリアの人は背が高く、ハイセンスで高収入。

 
 ミラノ名物カツレツの昼食後、ダヴィンチ設計の丸い塔が聳えるスフォルツェスコ城へ。24℃。2時半にはダヴィンチ像が見下ろすスカラ広場へ。十字型アーケードのヴィットリオ・エマヌエーレ2世ガレリアを散策。
 ドーム型天井はガラスと鉄、床は、モザイクと大理石が敷き詰められている。十字の中央部分には雄牛のモザイクがあり、その局部に片足のかかとを置いて1回転すると幸運が訪れるらしい。若い人に交じって試してみる。
 

◆写真左:スフォルツェスコ城、中:ビットリオ・エマヌエーレ2世ガレリアのアーケード、右上:雄牛のモザイク、右下:雄牛のモザイクで一回転

 

 
 歩を進めてドゥオモへ。イタリア・ゴシック建築の最高傑作といわれる大聖堂。優美な姿にしばし歩を止め見とれる。1386年の着工から500年の歳月を経て完成した。幅93m、奥行158m、中央の尖塔の高さ108.5m。ローマのサンピエトロ大聖堂に次ぐ規模。外装は2245体の聖像と
135本の小尖塔で飾られている。ヨーロッパ最大のものを始め多くの美しいステンドグラスがある。エレベーターでドゥオモの屋根に登ることができ、同行の若い女性に勧める。

◆ミラノのドゥオモ(大聖堂)は世界最大級のゴシック建築であり、5世紀もの歳月をかけて完成された。

◆ドゥオモ側面の聖像

◆ドゥオモ内部、右はドゥオモ内部の床

◆ヨーロッパ最大のステンドグラス、右もステンドグラス

◆ドゥオモの屋上からはミラノ市内が一望できる。

◆ドゥオモの屋上には登ることができ、尖塔を間近に見ることができる。

 
 現地ガイドが美味しさを褒めたたえるマロングラッセの店ジョバンニ・ガンリへ。1個買って食べてみたが、甘すぎて閉口。概して欧米のスウィーツは甘味が強い。土産に160ユーロ(22000円)も買った人がいて驚く。
 

 

 

 
 スカラ座に入場。65歳以上のシニア割引きで9ユーロのところ6ユーロで入れた。1778年に完成したジュゼッペ・ピエルマリーニ設計のネオクラシック様式のオペラ劇場。内部は豪華絢爛。スカラ座博物館内にはマリア・カラスの衣装やマスク等が展示されている。リハーサル時期を除き内部見学が可となる。高校生の一団が見学に訪れていた。
 

◆左:スカラ座内部、右上:スカラ座外観、右下:スカラ座博物館のマリア・カラス

 

 
 今回は行けなかったが、ミラノで欠かせない見所として、サンタ・マリア・デレ・グラッツィエ教会がある。
 

◆第二次世界大戦で被災したが「最後の晩餐」は焼け残ったとのこと。

 教会の左手、ドメニコ会旧修道院の食堂の壁にかかるレオナルド・ダ・ヴィンチの最高傑作「最後の晩餐」はまさに奇跡の絵である。1495~1497年に描かれた。
 キリストが弟子たちに「汝らの中の一人、我を売らん」と言った瞬間の12人の弟子たちの驚愕と動揺が生き生きと捉えられている。17世紀末ナポレオンの時代馬小屋として使われ、第2次世界大戦で米軍の空爆を受けるなど幾多の危機を乗り越え残ったこの壁画は、存在すること自体が奇跡といわれている。
 予約制で、1組25人ずつ入場し、15分間見学できる。これまで2回観ているが、撮影は厳禁だった。監視員の目が厳しく、盗み撮りを試みたが果たせなかった。今は写真可という。嗚呼‥‥
 夕食は2人用のテーブル。周りの騒がしさの中、静かな最後の晩餐となる。白ワインの心地よい酔いに身を任せ、ホテルへ向かう。

 

 

 

 - コラムの広場