ホーム > 短歌 > 寿禄短歌の会・市丸幸子⑭ ◎万緑の候 2025/05/23 ◎ 初夏の花に寄せて 今回は初夏の花に寄せて短歌をつくってみました。次第に新しい経験が減り、思い出を頼りに作歌をすることになって、寂しい限りですが…。それはそれで、懐かしいあの頃あの場所へと飛んで行き、思い出を追体験できることは楽しくもあると喜んでいます。 初夏になると、福岡城址の明治通りに面したお濠いちめんに蓮の花が咲きほこります。 泥水の中に生まれながらも、すっくと真っ直ぐに伸び、誇り高い花姿を見せる蓮の花。泥の中で育ったわけではないけれど、人と心からうちとけにくく、どこか生きづらそうに見えた亡き弟を想わずにいられません。 蓮池沿いにあるもう一つの知られざる名所が、上之橋御門跡手前にあるこの「平和台球場跡」のモニュメントです。福岡の古いオジサンの中には、今なお西鉄ライオンズの栄光を忘れられない人がいて、弟もその一人でした。 60年代を代表する反戦フォークの旗手PPM(ピーター・ポール&マリー)のピーター・ヤ―ロウさん(写真右)が、今年1月に亡くなりました。私は「花はどこに行った」が好きだったのですが、いまウクライナの悲劇を考えると、「Oh when will they ever learn?」のくり返されるフレーズが胸を切り裂くようです。 国生みの島で知られる、淡路島一宮の神事を取材したときのこと。詳しい内容は忘れましたが、新樹の緑と巫女たちの袴の緋色、手に抱えた純白の花橘のコントラストが、まるで白昼夢のように美しく、今も鮮やかに目の奥に残っています。 ◆京都市左京区鹿ケ谷 法然院の散り椿 ここに挙げた「散り椿」と次の「夢の回廊」の二首は、遠い昔に経験した別れにまつわる心象風景を詠ったものです。きっかけは小さな気持ちの行き違い。やがて不信感が生まれ、互いに疑念をこじらせて、まっすぐ相手と向き合って確かめればよいことなのに、意地になって口にせず、結局別れという結末を迎えてしまいました。 その別れからしばらくの間(1年だったか、3年だったか…)、夢の中に同じ場所(不思議な回廊のような場所)が現れてそこに行き、相手の真意を尋ねようとする夢をくり返し見る夜が続きました。 ※自分でも理解できない体験を歌にするのは、難しいですね。 大学1回生~2回生の2年間、私は窓から比叡山が見える下宿に住んでいました。これはその幸せだったころの一首です。 - 短歌 市丸幸子