近況報告:関忠(2025.4.3) new

   

 ご無沙汰ばかりしております。
 当方、体調は血圧が少しだけ高値安定、あとの検査数値は異常なしです。宝塚の問題児としてウロウロしています。
 さて、お尋ねの「大阪・関西万博」についてですが…。家族内で「行ってみるか」の話は今のところ片鱗もありません。スイミング仲間のオバちゃん連、元職場同僚の呑み仲間等からは、 「そろそろ始まるらしいけど」の話はありますが、チケットを確保したとか、いつ行くとか、遠い親戚が来るとかの、具体性が伴った話は一切耳には入りません。

 《前回の大阪万博に関しての思い出》
 大阪万博’70は、1970年(S45)3月に始まりました。丁度この年の4月に大阪に就職した私には鮮明な記憶があります。
 入社後すぐの4月8日、夕方帰寮途中、川面の向こうで大きな真黒い煙が立ち昇っているのが 淀川鉄橋を渡る阪急電車の窓から見えました。これは只事ではないなと思いました。ニュースで、大阪市営地下鉄・天六(天神橋筋六丁目)の延線工事現場でガス大爆発が起き、死者79名、重軽傷者420名の大惨事になったことが報じられました。
 地下鉄延線工事は、万博会場への利便性確保のためのものでした。大阪万博に関する記憶はこれだけです。千里の万博会場には半年の開催中一度も私は脚を運んでいません。

 《家内の記憶》
 家内は当時関西在住で自宅通学の学生です。両親の親類縁者が、全国から何組も万博開催中に自宅を訪れたそうです。そこを拠点に、学生であった家内が親類縁者を万博会場に何回も引率したそうです。それに比べると今回はアッサリしたものです、との家内の感想。

 今ではプッシュ一つで国内だけでなくいろんな海外情報も手に入る環境にあり、海外旅行も家族で簡単に行ける社会になりました。「万国博覧会は、どうあるべきなのか…」と思います。まして、跡地をカジノ施設にするなどは、いかがなものかと私は思います。

 《余談ですが…》
 今は野良仕事、果樹栽培、4回/週のスイミング教室、絵画教室、健康維持活動、B~C級グルメ、サッパリ進まぬ文筆、昼寝などなどで毎日を過ごしています。

 

 ◆昨年描いたものです。
 上左:知人のお子さま
 上右:スイミングの姉妹
 下左:先輩のドクター
 下右:先輩

 

 

 

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