「複雑さに備える」より考察するロシア・ウクライナ戦争③
前回に続き、国際政治学者・高橋慶多氏の論文「ウクライナ侵攻に至るロシアの対NATO戦略観の変遷について―ロシアにおける影響圏思想の観点から―」をもとに、私の考えを述べていきたいと思います。
高橋氏論文要旨
●ウクライナがNATO加盟を果たした場合、ロシアは欧州に対する軍事的脆弱性をさらに高めるだけでなく、海洋戦略上重要な作戦基盤である黒海が「NATOの海」と化すこととなる。
●これはロシアにとって、軍事的な意味で明らかに影響圏の喪失といえる。またロシアにとってウクライナは民族的にも、言語・宗教・文化などの面からも共通性が高く、時には「ほとんど我々」と称するなど、ウクライナに対して非常にセンシティブな意義を見出している。
私の考え
ウクライナのNATO加盟は、海洋戦略上重要な作戦基盤である黒海が「NATOの海」と化すため、ロシアの逆鱗に触れる。プーチン大統領は2022年9月、「領土が脅かされればあらゆる手段をとる」などとして、ウクライナ侵攻における核兵器使用の可能性について言及。ロシアはNATOに対しある程度の理解と容認を示していたが、ウクライナのNATO加盟だけは容認しない。
西欧諸国はウクライナ獲得のため、ある時は選挙による民主化で、ある時はNATO加盟でとあらゆる手で獲得しようとしてきた。ブッシュ大統領(2代目)がウクライナのNATO加盟を公言したときにロシアの逆鱗に触れた。
高橋氏論文要旨
●両国の起源は10~12世紀にヨーロッパの大国として君臨したキ
ーフ・ルーシ公国にあり、む しろウクライナがスラブの本家筋ともとらえられる。しかしモンゴル帝国の侵攻により、キーフ公国が衰退する一方で分家筋のモスクワ公国が台頭し、これが現在のロシアのルーツとなっている。
●2021年、プーチン大統領は論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」を発表。ここで彼は独自の歴史観を展開し、ロシアとウクライナが単一の主体であるべきと明言している。
●また、西側諸国とともに反露を強めるウクライナ国内の動静はロシアへの大量破壊兵器の使用に等しいと表現し、ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップによって確保されるものと結んでいる。
●ウクライナにとっては到底許容し得ない論理であるものの、ロシアには民族的観点からウクライナを不可分の領域と見なす勢力が存在し、他ならぬプーチン政権がこれを公言しているのである。ここから、ロシアは民族的観点からも影響圏としての特別な意義をウクライナに見出しているといえよう。
●またその中で、「軍事的安全保障」、「軍事的危険」、「軍事的脅威」、「軍事紛争」、「武装紛争」、「局地紛争」、「地域紛争」及び「大規模戦争」という戦略用語を前提として規定した
私の考え
プーチン大統領は論文で「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」を述べ、ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップによって確保されるものと結んでいる。このことがウクライナにとって到底許容し得ない論理であるとすれば、外野席の私からは判断ができない。そこで一歩下がって(駒木明義『ロシアから見える世界』(朝日新書))の一部を見てみよう。
朝日新聞論説委員・駒木明義氏の記事要旨
なぜロシア人はプーチン大統領を支持するのか。朝日新聞論説委員の駒木明義氏は団結意識の高まりや、異を唱えにくい雰囲気があるのだろうと推論。だが根底には、国民のウクライナに対する“差別的な意識”があるからではないかと指摘している。
14年のクリミア占領の際、当時モスクワにいた駒木氏の感覚としては、ほぼ全国民が大歓迎しているような印象を受けたという。
一方、氏が知る範囲では、ロシア国民は22年に始まった侵攻を大歓迎というよりは「やむを得ない選択だった」という受け止め方が多い印象を受けている。大多数の人々がプーチン氏とウクライナ侵攻に対する支持を表明しているという事実から目をそらすことはできない。
また、「ウクライナに住むロシア語話者がウクライナの政権から迫害されている」とか、「危機を起こしたのは米国やNATOであり、ロシアは防御的な対応を迫られたに過ぎない」といった政権の説明が、ロシア国内では広く信じられているとのことである。
プーチン氏はかねて、ウクライナは人工的な国家であるとか、ロシアと共にあるからこそ主権を行使できるといった見解を繰り返してきた。ウクライナを一人前の国家と認めない考えが、ロシア国民の間で広く共有されている実態が見て取れる。
実際、氏がロシア人と話をするとき、ごく自然にウクライナやウクライナ人を見下す発言を聞かされて、居心地が悪い思いをすることが多くあったという。「彼らは一度も自分たちの国を持ったことがないんです」「私はウクライナに親戚もいるし、彼らのことをよく分かっています。まともに国を運営できるような人たちじゃないんです」 こうした言葉を聞くにつけ、長年ウクライナを軽く見てきたロシア人や、そうした感覚を共有してきた人々にとって、ウクライナ人が団結して侵略に抵抗し、ロシアが苦戦を強いられているという現実は、到底受領できないのだろう。
そうした人々にとっては、ウクライナは欧米にたぶらかされてロシアと戦わされている、助けがなければロシアにすがってくるはずだ、という物語の方がずっと受け入れやすいのだ。誰よりもプーチン氏自身が、そうした物語に取り憑かれているようにも見える
駒木明義氏が体感したロシア人のウクライナに対する思惑をまとめると…
①ロシア国民の根底には、ウクライナに対する“差別的な意識”がある。
②ロシア人は2022年に始まった侵攻を大歓迎というよりは、「やむを得ない選択だった」という受け止め方をする人が多い。
③大多数の人々がプーチン氏とウクライナ侵攻に対する支持を表明している。
④危機を起こしたのは米国やNATOであり、ロシアは防御的な対応を迫られたに過ぎない。
⑤ウクライナを一人前の国家とみなすことはできない。ロシアと共にあるからこそ主権を行使できる。
私の考え
国民のウクライナに対する“差別的な意識”があるのは、ウクライナが自らの主権を行使できない国家だと思われているからだ。ゼレンスキーは欧米に対し、「金を」「兵器を」「人員を」とくれくれを要求している。さらに「アメリカの援助なしではウクライナは負ける」と言ってしまった。ロシアと共にあるからこそ主権を行使できると思われても止むを得ないのではないだろうか。。
一点だけプーチンが見落としている点がある。ウクライナが自らの主権を行使できない国家でありながらこれだけ長く抵抗を維持できているのは何故か。そこにはプーチンが見ぬけなかったウクライナ国民の愛国心の芽生えがある。
