福高寿禄会|福岡県立福岡高等学校16回卒業同窓会|

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私と福岡高校(1)廣渡清吾、谷岡和壽、山本智子

      2017/06/15


 このたびは、福中・福高創設100周年、誠におめでとうございます。

 この慶びの年に寄せて、皆さまに福高時代の思い出を書いていただくようお願いしたところ、懐かしい方々に多数のご投稿をいただきました。ありがとうございます。これから少しずつご紹介していきますので、楽しみにお読みくださいね。

 

 ぼくは絵も、書も、下手で興味もなかったので、何もしなくてもよい音楽をとりました。江口先生のピアノに合わせて、わーわーと声をだすか、レコード鑑賞は睡眠時間でした。試験は先生が作譜したものを渡されて、ド、ミ、ソ、ファ・・とか歌うものでした。

 成績簿をもらったら、音楽は赤点がついていました。担任の川崎先生が、心配して「どうして赤点なのか?」と聞いてくれたそうですが、川崎先生がぼくに伝えてくれたことには、「それでは先生にお尋ねしますが、英語でa、b、c も読めない子に合格点をだしますか?」というのが江口先生の返事だったそうです。

 ある時期、教室でひそかな楽しみがありました。ぼくの席は後ろの方でしたが、そこから数えて、右手の列の前の方の3番目の席の女子生徒は、いつもリボンをしていました。毎日、色が変わるので、後ろからながめながら、今日は緑だな、とか、今日はブルーだ、とか、という他愛ないものですが、「灰色?」の日々のうるおいでした。
 その女子生徒がだれだったか、思いだせないのは残念です。

 文武両道を目指して剣道部と文芸部に入っていましたが、前者はものになりませんでした。文芸部では4本創作を書きました。同学年の部長さんの才能にとても憧れていました。
 いきなりですが、俵万智の衝撃的な『サラダ記念日』です。これがでたとき、非常勤で担当していた「法学特講」の授業で、俵万智論をやりました。まだ若かったので、お遊びのひとつだったのですが、万智さんの「どうしても 海が見たくて12月 ロマンスカーに乗る我と君」をとりあげ、これと比べてみよと自慢したのが
海みたし 荒涼たる冬の海 みたし
でした。忘れえぬ、わが文芸部部長さんの句です。

 

 昨年の寿禄会では Country Music を演奏させて頂きありがとうございました。

福中・福高100周年おめでとうございます。

 私は博多区御供所小学校を4年まで、5~6年は平尾小学校、それから高宮中学校卒業後越境入学で福岡高校に入学させて頂いた次第です。石蔵屋の壁に合格番号が掲示され、54番の受験番号を見つけ大喜びしたのは半世紀以上も昔の話です。

 1年生は英語の川崎先生。沢山の友達と遊んだ記憶が有ります。中でも、吉村郁久君、友杉貴一君と遊びましたねー。当時薬院に住んでいた私は吉村君の住む志免町へバスで行きましたが、妙見の空かずの踏み切りで長~く待たされ、二又瀬から志免町までの遠い事遠い事、志免町には絶対住まないと思った次第ですが、今、志免町に住んで吉村君に笑われています。
 夏は友人の父が経営する長垂の海の家で吉村、友杉、谷岡の3人で手伝いをして色々な社会勉強をさせて貰いました。

 部活も色々考えたあげく、がらでもないのに硬式テニス部に入部、小学校6年生に6-0で負け、センスのなさを悟り、一年半で退部。冬には三郡縦走、雪の宝満のラストのきつかったことも忘れられません。

 2年生は青柳先生、3年生は山前先生、沢山の人にお世話になり、昭和39年無事卒業しました。お世話になりました皆様に改めて厚く御礼申し上げます。

 今年は福高100週年、大隅良典先生のノーベル賞をはじめ、沢山の方々が世界中で活躍されています。ラグビーの福岡君も活躍しておられます。これからも、沢山の皆様の御活躍をお祈り申し上げご挨拶とさせていただきます。

「皆んなで仲良く、楽しく健康」

 

 昨年の大隅良典先輩のノーベル賞受賞が、福岡高校百周年に大きな華を添え、めでたさが倍増しましたね。

 福岡高校の前身の旧制福岡中学は男子校でしたので、私達が入った頃はまだ女子が少なく、叔母から「女の子が福高なんかに行ってどうするの!」と諌められたものです。入学して驚いたのは女子トイレがなく、男子が用を足している横を目を背けながら通り抜け、奥の扉がついたトイレまで行かなければならなかった事です。
 「質実剛健」の額が飾られていて、生涯私の大好きな四文字熟語になりました。子育て中説教をする時、「質実剛健!」とよくこの言葉を使っていたのを思い出します。三年間通うと、案外「校風」というものは身に付くのかもしれません。

 こんな事を話すと、さぞかし真面目な高校生活を送っていたように聞こえますが、まぁ一言で言うとポワ~ンと大切な青春時代を過ごしてしまったのが実情です。その反省から、同居している孫達には「光陰矢の如し、一寸の光陰軽んずべからず!」と説いています。すると孫達はニヤニヤしながら、「バーバラ!時間は無駄にしたらいかんのやろ?」と、やれキャッチボールの相手やサッカーのディフェンス役、トランプやカルタの相手、それにケーキ作りの助手と、人使いが荒い。お陰でまぁ充実した生活を送っています。(笑)

 両親も兄も既に他界し、福岡に帰る事も少なくなりましたが、たまに同級生達と飲みながら歳を忘れて言いたい放題の楽しい時間を過ごした帰り、つくづく「福高生で良かった!」と思いますね。

 

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