両親は福岡県宗像郡(現宗像市)東郷町・釈迦院という小さな村の農家の出。父は四男二女の末っ子、母は三男三女の同じく末っ子。二人は幼馴染である。
戦前の旧民法では、農家の田畑は長男がすべて受け継ぎ、その他の子供たちは、自力で職を見つけるなり嫁に行くなり、ほったらかしであったという。母は看護婦になりたかったが、家が貧しく学校に行かせてもらえなかったと聞いた。昔の女性は可哀そうだなあ。
余談だが、母は中洲の玉屋デパートに勤め、三角形の間取り中央に柱があり、柱の下部に不気味な黒いしみがある部屋(今でいう事故物件)に、友人と住んでいたそうだ。安かったらしい。
両親がどんな経緯で結婚し、父がいつ何歳の時に満洲にわたったか、今や知るすべもない。きちんと両親に尋ねなかったことが残念でならない。
二人は、親兄弟や親族が寄ってたかってめあわせた夫婦とでもいえばいいのか、昔はそんな感じで結婚が決まっていたという。
そんなこんなで、満洲にわたった父のもとへ母は嫁いでいったのだが、そのとき「行くな」と止めた男性がいたらしい。ずいぶん大きくなって「内緒だけど」と母が話してくれた。不思議なことに、母に父とは別の恋人らしい人がいたことが、私は嬉しかった。
それからまた時が経ち、弟にこの話をしたところ、「そんなことはない」とムキになって否定した。同じ子供でも、母に対する思いは男の子と女の子では違うんだなあ。
つづく