谷崎潤一郎のポカ

      2019/07/22

 

 

  kazuyoshi tou 藤 和義

 

 

 

1975年(昭和50)初版の「中公文庫」に、「陰翳礼讃」(谷崎潤一郎)というのがあります。
「陰翳礼讃」というのは、「経済往来」という昭和8年発行の雑誌に載せられた谷崎の随筆です。このほかに昭和10年前後の谷崎の雑文六点を纏めて、この文庫本が出版されたものです。爾来2013年まで改版25刷を重ねていますから、相当な方々に読まれている本だと思います。確かに味わい深い、いい本です。

でも、この中で谷崎潤一郎ともあろうお方がポカをやってます。
間違いカ所は、文庫本p.132……「春の夜の夢ばかりなる手枕に」と和泉式部は歌ったが……の部分です。この歌は百人一首にもあり、周防内侍の作です。和泉式部と周防内侍はほぼ同時代の女流歌人で、谷崎の取り違えです。日本和歌大辞典でも確認しましたが、和泉式部に「春の世の夢ばかりなる……」の歌はありません。

 

 

谷崎の勘違いを「話のタネ」として楽しむのは、それなりに面白いのですが、困るのは、この本を読んだ人がこの歌を和泉式部の作だと信じ込んでしまうことです。現に私の周囲にこの話をしても、「あの谷崎潤一郎がそんな間違いをするもんか」と、私が誤った指摘をしていると思う人がいるのです。

最初の雑誌発表以来90年近く、だれも間違いを指摘しなかったのだろうか。文庫本になってからでも、25刷の間になぜ修正が行われなかったのだろうか。この間、誤りを指摘する人が皆無だったとは信じられません。全国の競技かるたをやっている児童・生徒だったら、誰でもすぐ気が付きます。なぜ、指摘を受けた編集者も出版社もだんまりを決め込んだのでしょうか。不思議でなりません。

文庫本出版元に問い合わせの手紙を送りましたが、5年間回答はありません。
やっぱり、大文豪谷崎潤一郎は、誰も間違いを指摘できない「不可侵存在」なのです。
かくして、この間違い文庫本は今も店頭に並んでいます。嗚呼。
誰か、私の悩みを解消してください。

 

 

 

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