潟洲町青春記◎福高美術部と私 衛藤 忠興 new

   

 
三階屋根裏のアートな部屋ー福高美術部と私 衛藤 忠興
 

■ うれしかった徹夜あとの女子部員の差し入れ

 福高時代私は美術部に所属していた。当時(昭和36~38年ごろ)の美術部は、3階屋根裏で天井桟敷のような部屋であった。隣が講義室で、ある時授業中に無断で横切って先生から注意を受けたこともあった。

 部長は吉田泰彦(故人)君、副部長はご存じ長谷川法世君のコンビ。吉田君は目立たない存在だったが、技術的にも人間的にも部員に敬愛される人格で、その水彩画は出色であった。

 美術部の活動として忘れられないのは、5月の福高祭(文化祭)と9月の体育祭。文化祭の前数日間は、展示作品の制作や会場の設営で、男子部員全員が泊まり込みの徹夜。翌日は女性部員からおにぎりやデザートなどの差し入れがあり、他の部の部員たちから「美術部はよかね~」と羨ましがられたのも懐かしい思い出である。

 体育祭応援合戦の華・バックボードづくりは、美術部が最も力を入れたイベントで、部員が総動員で汗だくの徹夜作業で仕上げた。私は勇者の剣を担当した。材料の看板板は当時福高前にあった材木屋から良心的な値段で分けてもらった。演出として、鳩を飼っていた福高生が40~50羽の鳩を放ったが、手違いがあり写真部が撮影できなかったのが残念であった。

 また、部の課外活動の一環として秋の九重高原でのキャンプ、春の動物園へのピクニックは楽しかった。新人部員歓迎は春5月頃、植物公園の櫻並木で行った。今もこの桜並木を通るたびに当時の部員達の笑顔を思い出す。

◆美術部の部員たち…前列左から4人目が箱崎中出身の荒巻照代さん、同酒井(和田)寿子さん、部長の(故)吉田泰彦君、副部長の長谷川法世君。私衛藤(高原)忠興と白男川(兼村)和子さんは写っていない。

■ 博多の青春群像をリリカルに描いた「博多っ子純情」

 長谷川法世君は、ウイキペディアに載るほど有名になった人物だが、在学中は飄々とした風貌の中に、情熱を秘めたようなイメージの生徒だった。卒業後10数年が経った頃、漫画雑誌を見ていて、彼が漫画家になり「博多っ子純情」を描いていることを知った。

 「博多っ子純情」は町人の街博多と母校福高を舞台に、博多人形師の父を持つ主人公とそのガールフレンド、仲間たちの日常を描いた物語。台詞はすべて博多弁。笑いあり涙ありの学園生活をベースに、昭和30~40年代の、古き良き時代の青春群像が情感あふれる瑞々しいタッチで描かれ、「博多」の知名度を一気に全国区へと広げることになった。

■ 本好き同士で気が合って…

 長谷川君の他にもう一人、美術部で描いていた若い日の夢を社会で叶えた部員がいる。染色作家として第一線で活躍中の白男川(旧姓兼村)和子さん。私と同じ箱崎中学の出身である。

 白男川さんは、当時から学業優秀で何もかもできる人であった。駆けっこ1番、絵画1番、在学中(高校1年)に県展に入賞し注目された。この油絵は母校箱崎中学の要請で箱崎中学に寄贈された。
 彼女は生来の感性だけで成功したわけではない。美術部で「基本のキ」を徹底的に学び、技術を磨いていった人である。毎日曜日には、部室で黙々とデッサンに励んでいた。さらに自宅にはブルータスの石膏像をおき、研鑽を重ねていたと聞く。
 綿、麻、絹の天然素材を爽やかに染める、白男川さんの色彩は独特のものがあり、他とは違う輝きがある。その色彩感覚も、白黒のデッサンの努力の積み重ねの中から培われたものなのだろうかと、不思議な思いにとらわれたものである。

 白男川さんは文才にも恵まれ、よく学内新聞にエッセーが掲載されていた。運動会シーズンにはブルマー姿のまま図書館で読書をしているのを見かけた。私はトレパン姿で読んでいた。
 ある時図書館で借りる本がぶつかった。筑摩書房の「武者小路実篤集」を取り合うように読んだ。図書カードが巻末にあり、貸し出しカードで誰が読んでいるかがわかったのである。
 白男川さんがダダダーと3期ほど借り、その後に私がダダダーと3期ほど借りた。さらにその後に白男川さんがダダーと3期ほど借りた。そういうわけで、私たちは図書館を通じて親しくなった。福高に進学後は美術部で同席することもあり、いろいろと話をするようになった。

 ある日、白男川さんが八木重吉の「草にすわる」を諳んじてくれた。「草にすわる」は、キリスト教信仰と愛に生きた、早世の詩人・八木重吉の第一詩集『秋の瞳』の中の一篇である。何故か私はこの詩を今も忘れることができない。

 
草にすわる
わたしの まちがひだつた
わたしのまちがひだつた
こうして 草にすわれば それがわかる

 

左:感性豊かな白男川さんの作品、右:白男川さんからいただいた刺繍のブックカバー

 

(筆者注)写真に写っている箱崎中学出身の荒巻照代さん、酒井(和田)寿子さんとは、卒業後も家族ぐるみで仲良くさせていただいた。そのエピソードについては、機会があれば後日別稿にて紹介したいと考えている。

 

 

 

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