北西スペイン・ポルトガル紀行〔2〕

      2021/04/25

 

 

 

 

ポルトガル第2の商業都市ポルトへ

 11時40分過ぎ、ポルトガルとの国境へ。少し冷やりしている。落葉盛んで、鳥の声が心地よい。木肌のつるんとした背の高いユーカリの木が繁る。夏にはよく自然発火して燃えるという。

 バスはドウロ川の北岸へと進む。そこはポルトガル第2の商業都市、ポルト。首都リスボンから北へ300km。丘陵地帯に築かれた起伏の多い街。スペインとの時差で、時計の針を1時間遅らせる。人口34万人。ポルトはポルトガル発祥の地で、14~15世紀には良港であることを活かし、ポルトガルの海外進出の拠点となった。また、大航海時代の幕を開けたエンリケ航海王子による、モロッコのセウタへの攻撃の出発点でもあった。

◆ポルトガル・ポルトのエンリケ航海王子像

 セラ・ド・ピラールの聖母修道院が世界遺産に登録されている。エッフェル塔を造ったエ
ッフェルの弟子により1886年に造られたドン・ルイス1世橋は2階建て構造の珍しい橋。

◆ドウロ川とワイン運搬船ラベーロとドン・ルイス1世橋

 2時前、昼食のレストランへ。廃屋が建ち並ぶ汚い街角。不味い白ワイン、しょっぱくて酸っぱいドレッシングのかかった野菜サラダ、タラの入ったメインのご飯ももうひとつ。デザートのケーキはぱさぱさ。

3時過ぎ、14世紀初めのゴシック建築、サン・フランシスコ教会へ。17世紀にバロック様式に改装されている。内部を覆うターリャ・ドウラーダ(金泥細工)装飾に圧倒される。天井、壁、柱のすべてにつる草、鳥、天使などの彫刻が施され、その上に金箔が貼られている。外からは想像できない豪華さである。雨になり傘をさしての見学。

 

ドウロ河畔にはポートワインの醸造工場が立ち並ぶ

 ドウロ川の川岸に30を超えるポートワインの醸造工場が並んでいる。黒マントがトレードマークのサンデマン(SANDEMAN)に4時半着。巨大なワイン樽が幾列も並ぶ蔵を巡る。芳醇なポートワインは、ドウロ川上流域で収穫されたブドウから造られる。山の斜面に広がる段々畑で育てられたブドウは、9月上旬に、大きな籠を背負った人々の手で摘み取られる。長い時間をかけてオークの樽で熟成される上品な香りと味わいが特徴。ルビー、タウニー、ヴィンテージ、ホワイトがあり、4~5年から長いものは10年以上寝かせる。ちょっと冷して食前酒か食後酒として楽しむのが一般的。日本語の説明ビデオを見て、赤、白のワインの試飲。甘ったるくて、重い感じ。美味しかったら買おうと思っていたが、高価で口にも合わないので、やめにする。妻はちょっと口をつけただけ。ワインに目がないので通常なら妻の分にも手が伸びるところだが、さすがにこの重たるいワインには手が出ず。

◆黒マントとソンブレロ(騎士帽)がトレードマーク、1790年操業の由緒ある醸造所で試飲もできる。

 岸辺には、ポートワインを詰めた大きな木の樽をいくつも積んだ昔ながらの運搬船ラベーロ(帆船)が何隻も舫っている。かつてはラベーロがすべての運搬を担っていたが、1964年以降はトラックや鉄道に取って代わられてしまった。現在ラベーロは“浮かぶ広告塔”としてドウロ川に長閑な風情のある風景を作り出している。

◆ポルトの街とドウロ川、ワイン運搬船ラベーロ

◆ポートワイン醸造所のサンデマンとワイン蔵とポートワインの試飲:スライドショー7枚

 12世紀、街を見渡す丘の上に要塞として建てられたカテドラル(大聖堂)。ゴシック様式の回廊の内側に張られた18世紀の絵タイル(アズレージョ)が素晴らしい。この日の朝、88歳の神父さんが亡くなったとかで、団体での入場は出来ず、個人での入場となる。真新しい棺が安置されていた。

◆ポルトの街並みを一望する小高い丘にある。建物の大部分は17~18世紀に改修、再建された。
バラ窓のある正面、左右に立つ2つの塔、翼堂などが建立された当時の姿をとどめている。

 ホテルへの道路の渋滞を避けて、街の中心に位置するサン・ベント駅を見に行く。20世紀初め、修道院の跡地に建てられたポルトの玄関口。駅舎のホールの壁を飾る絵タイルはジョルジュ・コラコの作品。セウタ攻略やジョアン1世のポルト入りなど、ポルトにまつわる歴史的な出来事が描かれている。美しい絵タイルを目当てにたくさんの観光客が押し寄せる。ポルトガル特有の美しい絵タイルは、教会や駅、レストランの壁など様々な場所で目にすることができる。ホームに出て列車を前に写真を撮り、バザーを見て回る。ボランティアのおばさんたちのクリスマスのコーラスはなかなか味がある。

◆ポルトの玄関口 サン・ベント駅

◆サン・ベント駅の壁を飾る絵タイル(アズレージョ):スライドショー7枚

◆ボランティアのおばさんたちのクリスマスコーラス

 ポルトは、ごちゃごちゃ雑然とした感じの街。渋滞の中、バスはノロノロ運転が続く。傘をさしてかなり歩いて、6時半過ぎ夕食のレストランへ。4人のテーブルで、佐賀県鳥栖市から参加のご夫婦と相席になる。九州訛りが懐かしく話が弾む。
 前菜のコロッケが重い。大皿に4人分が盛られたメインのポークとポテトは量が多い。グラスビール1.7ユーロを2杯。鳥栖氏がポートワインを頼んだら小グラスに1/3くらいで3.5ユーロ。食前酒なので量は少ない。妻はお代わり自由の紅茶を頼み、1ユーロ。デザートはフルーツ盛り合わせ。街外れの店なのに繁盛している。
 5km離れたホテルに8時半過ぎに入る。

◆ポルトの夕食では佐賀県からのご夫婦と相席

◆ポルトの夜景

 

 

 

 

世界中から巡礼者が訪れる聖地――スペイン領サンティアゴ・デ・コンポステーラ

 旅の4日目、12月7日朝8時半ホテルを出発。かなりの雨。スペイン北西部にあるサンティアゴ・デ・コンポステーラに向かう。エルサレム旧市街、バチカン市国と並ぶキリスト教の三大聖地のひとつ。9世紀初頭、星に導かれた羊飼いが、サンティアゴの地でキリストの12使徒の一人であるヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の墓を発見して以来、ヨーロッパ各地から聖地を目指して巡礼の人々が訪れる。

 「フランス人の道」や「イギリス人の道」、「アルゴンルート」、「ポルトガルの道」など様々な巡礼の道がヨーロッパ各地から伸びている。「サンティアゴの道」と呼ばれる巡礼のルートは、フランス各地から始まる。国境のピレネー山脈を経てスペイン北部を通り800km。王族・貴族から商人・農民にいたるあらゆる階層の人々が、杖を手に、巡礼の証であるホタテ貝を身に着け、徒歩で1ヶ月以上かけて訪れる。近年フランス国内から1500kmの道のりを、2ヶ月半かけて歩き通す巡礼者が数十万人にのぼる。ヨーロッパのみならず遠く南米やアジア各地からも訪れる。キリスト教徒だけでなく、スポーツや観光目的で歩く人も多い。

 「コンポステーラ」とは星降る野原の意味。10時スペイン領に入り、時計の針を1時間進める。北西には青空が見えている。11時半、休憩でバスの外へ。太陽が眩しく思いの外暖かい。12時50分、サンティアゴの5km手前にあるモンテ・ド・ゴゾの世界遺産「歓喜の丘」へ。巡礼者たちは、ここで初めてかすかに聖地や大聖堂の姿を目にする。1ヶ月もかけて歩き通して来た巡礼者たちにとって、その喜びはいかばかりであったことだろう。

◆モンテ・ド・ゴゾの「歓喜の丘」

 2人の使徒が、歓喜の眼差しでサンティアゴ・デ・コンポステーラの方向を指さす像を見て、いっそうその感を深くする。1時半、サンティアゴの旧市街に入る。

◆サンティアゴ・デ・コンポステーラの方向を指さす2人の使徒像

 人口9万6千人。宗教都市、観光都市のサンティアゴは、学生の街であり、ガリシア州の州都、行政の中心でもあるという異なった顔を持つ街である。サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学は、スペイン有数の大学。学生数は3万人。学生の多くは市の人口には含まれていない。17℃だが、歩くと暑いくらい。レストラン「ドン・キホーテ」へ。温かい野菜スープにほっとする。メインが魚(メルルーサ)とポテト、デザートがタルトの昼食。紅茶が1.3ユーロ。水産会社の漁船に乗って世界各地を回ったという同行の人が、面白おかしく経験談を語る。

◆サンティアゴ・デ・コンポステーラのレストラン「ドン・キホーテ」での昼食

◆サンティアゴ・デ・コンポステーラの旧市街:スライドショー6枚

 フランスから巡礼の道を通ってロマネスク様式が伝えられ、サンティアゴ・デ・コンポステーラの地にスペイン最高のロマネスク様式の教会が建設された。バロック様式のオブラドイロの正門を入り、広場で外から11~12世紀にかけて建てられたカテドラル(大聖堂)を眺める。3つのアーチがある「栄光の門」はロマネスク様式の最高傑作。名匠マテオにより12世紀初めに200体の像が完成。

◆オブラドイロ広場と旧王立病院

◆カテドラル(大聖堂):スライドショー8枚

 20分ほど並んで4時「免罪の門」をくぐり、カテドラルに入場。少し大きめなリュックサックが持ち込み制限に引っ掛かりそうだったが、危うくセーフ。次に「免罪の門」が開くのは、7月25日が日曜日となる11年後の2021年。7月25日はサンティアゴ(聖ヤコブ)の日で、日曜日と重なるのは6年、5年、6年、11年の周期で起こる。カトリック教会ではこれらの年を「聖年」、「聖ヤコブの年」と定め、旧市街を中心に盛大な祭りが行われる。今回の旅はこの年に合わせ、「免罪の門」をくぐってカテドラルに入場する日程が組まれていた。午前中は信者が多く、写真撮影は不可になる。

◆「免罪の門」別名「聖なる門」:左)縦写真1枚、右)横スライドショー3枚

◆カテドラル(大聖堂)内部:スライドショー8枚

 17世紀後半に造られた正面祭壇の中央にある「聖ヤコブの像」を後ろから抱く。大きくて腕が回らない。銀の棺を見て、外に出たとたん大粒の雨が降って来た。お土産にマグネットを買い、雨宿りを兼ねて5つ星のホテルのロビーでひと休み。観光の時に雨に遭わず幸運だった。

◆聖ヤコブ像

 途中バケツをひっくり返したような猛烈な雨が降る中、ポルトガルのポルトに戻る。道が渋滞し、8時前エンリケ航海王子像のある広場近くのレストランへ。親しくなった夫人が疲労からか気分を悪くしてしゃがみ込んでしまい、ひと騒動。野菜スープ、ポーク、アサリ、ポテトのメインにタルトの夕食。白ワインは2ユーロ。そのうち夫人が元気を回復。レストランの入口で魚の匂いがして、急におかしくなったという。小雨の中、9時20分ホテルに帰着。外は強風が吹き荒れている。途中で買ったパンドーラ(生カステラ)が、あっさり味でなかなか美味しい。

 

- 北西スペイン、ポルトガル紀行〔3〕へ続く -

 

 

 

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