初夏のスイス・ゴールデンルートを巡る旅③

      2024/02/06

◆アイガ―北壁

【いつものように写真のクリックで、拡大写真を見ることが出来ます。 なお、プリントされたアナログ写真を、デジカメで撮影したデジタル写真を使用しており、編集部で可能な限りの補正はしましたが、画質が通常よりも劣ることをご容赦ください。】

 

 

 1999年6月16日(水)、旅の5日目。よく晴れて心地よい天気。7時に朝食をとり、昨夜東京や大阪に4回電話した料金10.6フラン(850円)を精算し、8時ホテルを出発。今日もマッターホルンがよく見える。勢いよく流れる川の水は相変わらず白濁している。雨で濁っているのかと思ったが、氷河の溶けた水で削られた岩石の細かい粒子が混じっているからだという。従って1年中澄んだ水が流れることはない。
 ツェルマットの駅近く、救助犬セントバーナードの子犬を連れた写真屋に出会う。これからマッターホルンのゴルナーグラート展望台にモデルの仕事で出勤するという。

左) 朝、ホテルからツェルマットの駅へ。今日もマッターホルンがよく見える、
右) ツェルマット駅近く。セントバーナードの子犬を連れた写真屋

 8時33分、電車でツェルマットを出発。10分でタ―シュへ。バスで1時間ほど走ってロートシェレベルク着。乗り換えのカートレインを待つ間、チョコアイスティックを食べる。2.5フラン(200円)。渇いた喉に美味しく沁みる。
 駅のホーム、奥さんに誘われて来たらしい中年の男性が、『山ばかりで飽きてしまった。つまらない。』とぼやいている。山を満喫しに来るツァーコースなのに、何を言っている?
 車やバスごと列車に積み込んで走るカートレインが10時40分出発。15分くらいかかって長いトンネルを抜ける。バスに乗り換えて、40分でインターラーケンに到着。

左) ツェルマット駅前、右) 車、バスを積んで走るカートレイン

 インターラーケンは湖と湖の間という意味。トゥーン湖とプリエンツ湖に挟まれた町で、ユングフラウ地方への玄関口として世界中から観光客とスキーヤーが集まる。特に夏の間とクリスマス前後は多くの人で賑わう。ホテルの数はこの地方で最も多く、ショッピングにも不自由しない。スイス民謡ショーで人気のカジノ・クアザールもある。

 ホテル・メトロポール前の公園ヘーエマッテで小休止。草地に寝転んで明日登る白銀のユングフラウ4,158mを遠くに眺める。これだけきれいに見えるのは珍しいという。

 1時、レストランシャレッテで昼食。喉が渇いて、生ビールと白ワインが美味しい。妻はブドウジュース。サラダ、スープにメインは大きなソーセージとポテト。デザートはアイスクリーム。
 お腹が膨れた後、妻はギャラリーメトロポールで洒落た時計とバッグを買って満足気。

左) インターラーケンのホテル・メトロポール前の公園ヘーエマッテで、右) レストランシャッテで昼食 

 2時45分、グリンデルワルトのホテルスピーネへ。日本の娘に電話し、しばらく休んで、4時からグリンデルワルトの町を散策。アイガー北壁3,970mが間近に迫る。

左) グリンデルワルト駅のホームで、後方はアイガー北壁、右) グリンデルワルト駅のホーム 

アイガー北壁登頂の歴史

 マッターホルン北壁、グランド・ジョラス北壁とともにアルプス三大北壁に数えられる。急峻な山肌には雪も着かず、冬でも黒々としている。真夏でも一夜にして氷壁に化け、マッターホルン、グランド・ジョラスが征服されてもなお未登攀の壁として残った。数多くのアルピニストが戦いを挑んでは破れ、あまりに犠牲者が多いため登攀禁止令が出た時期もある。大正10年(1921)、槙有恒が左のミッテレギ稜から初登頂に成功。それから17年後の1938年、オーストリアのハインリッヒ・ハラ―が北壁を征服。

 1969年加藤滝男ら6人の日本人が頂上へ垂直に登る直登ルートの開拓に成功。その後メンバーの一人今井通子が、女性として初めて三大北壁の登攀に成功したことを報じる新聞記事を見た記憶がある。1978年には長谷川恒夫が真冬に単独登攀に成功し、前年のマッターホルン、翌年のグランド・ジョラスと合わせて三大北壁の厳冬季単独初登攀を達成。

 

 グリンデルワルトはアイガーの村。上高地のある長野県安曇村と姉妹提携を結ぶ。年間100万人を超える観光客が訪れるアルピニスト憧れの地。4,000m近い山々に囲まれているが、山の南斜面に村が開け、谷が東西に延びて日照時間が長いため思いのほか明るい。陽光を反射する万年雪と氷河のお陰でもある。

 30分もあれば一周できる小さな村だが、レストランが50軒以上ある。古くから日本人登山家に愛され、今でも日本人観光客が驚くほど多い。
 村のメインストリートハウプト通りは、駅から谷の奥まで1km続く。登山・スキー用品店、時計屋、アーミーナイフの店、チョコレート専門店などが軒を連ねている。通りの先には北側がざっくり切れ落ちた姿が印象的なヴェッターホルン3,701mが聳えている。

 8時、ホテルのレストランで夕食。白ワイン。スープ、肉料理にレモンシャーベット。外はまだ明るく、食後、散歩に出る。晴れて心地よい。こじんまりしたかわいい町。

◆夕食後、グリンデルワルトの町を散策

 6月17日(木)旅の6日目。快晴。6時50分朝食をとり、7時50分出発。歩いてグリンデルワルト駅へ。
 8時17分登山電車が出発。標高1,034mの駅から3,454mのユングフラウヨッホ駅へ、2,400mも登る。車窓から見る青空に映えるメンヒ4,099mとユングフラウ4,158mは圧巻。

左) 6月17日朝 グリンデルワルト駅、中) ユングフラウヨッホヘの登山鉄道往復切符
右) 登山電車の車窓から メンヒ4,099m

左) 登山電車の車窓から ユングフラウ4,158m、右) ユングフラウ

 45分で峠の頂上にあるクライネ・シャイデック駅2,061mへ。いったん谷底のグルント駅へ下ってからスイッチバックして登る。“小さな峠”という意味のクライネ・シャイデックからはアイガー、メンヒ、ユングフラウの三山が手に届きそうに間近に望める。

◆ユングフラウヨッホヘの乗り換え駅クライネ・シャイデック 後方はユングフラウ

 ここで列車を乗り換えてユングフラウヨッホヘ向かう。氷河を抱いたユングフラウの左手の肩にちょこんと乗っかった銀色のドームが目指すヨッホ駅である。

 列車は、アイガーの岩山をくり抜いたトンネルの途中にあるアイガーヴァンド(アイガーの壁)駅(標高2,865m)で5分間停車する。
 駅はアイガー登攀者の緊急避難場所として、また救助隊の拠点という2つの目的をもって設けられた。岩を穿った窓からはグリンデルワルトの村や谷が遥か下に見える。見上げれば幾多のアルピニストの命を奪った絶壁が覆いかぶさってくる。アイガー北壁のど真ん中にこの身を置ける感激を噛みしめる。それにしてもこんなに手軽にアイガー北壁に来られるなんて、夢のようである。スイスは凄い!

 次に、アイスメーア(氷の海)駅3,160mで停車する。ユングフラウ三山の裏側にあたる。アイガーとメンヒの間を流れるフィッシャー氷河が足元に見える氷の世界である。正面左にはシュレックホルン4,078mが姿を見せている。

左) アイガーヴァンド駅 アイガー北壁がのぞける窓がある、右) アイスメーア駅

 10時53分ユングフラウヨッホ駅3,454m着。鉄道駅としてはヨーロッパ最高所にある。氷河をくり抜いた氷の宮殿を巡る。暗い通路で氷の床が滑り、手すりを頼りに恐々歩を進める。青白く光るトンネルに造られたギャラリーでは熊やいろいろな氷の彫刻が目を楽しませてくれる。

 雪原に出れば、ユングフラウ4,158m、シルバーホルン3,659m、メンヒ4,099mが手の届きそうな目前に聳えている。エレベーターでユングフラウヨッホ(ヨッホとは鞍部を意味する)の展望台スフィンクステラス3,573mに登る。全面ガラス張り。雄大なアレッチ氷河が視界いっぱいに下っていく。全長22kmの氷河はヨーロッパ最長。氷の厚さは1,000mもある。

左) ユングフラウヨッホ 氷河をくり抜いた氷の宮殿、右) シルバーホルン3,695m

左) 後方の山の上はスフィンクステラス展望台3,573m エレベーターで昇る、中) メンヒ4,099m
右) スフィンクステラス 後方はユングフラウ

左) アレッチ氷河、中) ユングフラウ駅、右) スフィンクステラスの下

左) スキーゲレンデ、右) アレッチ氷河をバックに

8頭立ての犬ゾリを初体験

 8頭立ての犬ゾリに乗る。人生初体験。コース一周が5フラン(400円)。目の前を走る犬たちの蹴り上げる氷片が次々に顔に当たり、思いの他の迫力。

 彼らは、かつて冬期に郵便物を運ぶ犬ゾリ用に、北欧から連れて来た寒さに強いハスキー犬やノルウェー犬の子孫だという。

左) 犬そり、中) 犬そりの犬と、右) 7~8周すると犬も疲れて休憩する

スイスアルプスでスキー体験

 Tバーリフトの小さなスキー場には30フラン(2,400円)でレンタルのスキーがあり、妻と二人初めてヨーロッパアルプスでの滑走を楽しむ。ユングフラウヨッホに来るまではアルプスでスキーができるなんて夢にも思っていなかっただけに、30分間の短い時間だったが感激である。こんなに標高の高いスキー場は他にない。I skied top of Europe Jungfraujoch 久し振りのスキーで妻は2~3回転倒。

◆スイスアルプスでスキー

右手にアイガー北壁を見上げながらハイキング

 クライネ・シャイデック2,061mまで下りて2時から自由行動となる。アルピグレン1,616mまでハイキング。アイガー北壁の真下を通るコース。ずっと緩やかな下り坂。所々に雪が残り、可憐な高山植物が咲き競っている。右手にアイガー北壁を見上げながらのハイキングは何とも爽快。途中、アイガーを眺めながら持参のパン、リンゴ、アプリコット、ミネラルウォーターの昼食。

左) クライネ・シャイデック2,016mからアルピグレン1,616mまでのハイキングスタート地点、
右) ゆるやかな下り坂 所々に雪が残る

◆可憐な高山植物が咲き競う

左) アイガーを眺めながらの昼食、中) アイガー北壁、右) ユングフラウ登山電車

左)中) アイガー北壁直下のハイキング途中、右) アルピグレンは左方向を示す道標

左) 一面の高山植物、中) 右) 高山植物

◆高山植物

 4時グリンデルワルトに帰着。スーパーマーケットで夕食用の白ワインや食料を買い込んで、ホテルに戻る。6時半、部屋のテラスのイスに座り暮れなずむ光の中、アイガー北壁を眺めながら夕食。次第に暗さが増してきて、北壁の上部に、昼間下界を覗いたアイガーヴァンド駅の窓から漏れる明かりがチカチカと輝いている。最高の眺めに味も格別。夢のような時間を過ごす。
 8時、宿の周辺の散策を楽しむ。

- 初夏のスイス・ゴールデンルートを巡る旅④に続く -

 

 

 

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