八国山のねこちゃん

      2023/07/29

 

新田義貞ゆかりの地

 八国山は、僕の住む東京都東村山市と埼玉県所沢市の境界にある、標高89.44メートルの、一応、山です。案内をみると、狭山丘陵の東端の東西1.5キロメートル、南北300メートルに広がる八国山緑地の中心で、これは東京都が公園として管理しています。

 「八国」の名称は、新田義貞が鎌倉に攻め上る際、この山から望見した、上野、下野、常陸、安房、相模、駿河、信濃、甲斐の八国に由来するらしく、かれが陣取ったとされる由緒の跡に石碑もたっていますが(「将軍塚」)、そこから八国はとうてい無理です。「古戦場跡」という史跡もあり、八国山の裾を流れる2つの小さな川には、「勢揃橋」とか、「勝陣場橋」とか、それらしい名前が残っています。
※注 上野:群馬県、下野:栃木県、常陸:茨城県北東部、安房:千葉県南房総、相模:神奈川県北部、駿河:静岡県中部、信濃:長野県、甲斐:山梨県

◆春の八国山緑地

“痛かった”初めての出会い

 さて、猫ちゃん、のことです。半年くらいまえに、勝手口からごみバケツにごみを入れようとしたら、ニャオウー、と鳴いて僕の顔をみあげる猫がいました。反射的に、そうだ、エサをあげようと思い、冷蔵庫から使いのこしのソーセージをもってきてあげると、警戒もせず、すぐにおいしそうに食べました。

 この猫には、見覚えがないわけでなく、自宅から最寄のバス停(「将軍塚」という)までの、八国山緑地の上り口付近を徘徊し、ご近所の軒下に寝転がっているのをみかけていました。あるとき、石垣のうえで背伸びをしていたので、頭をなでてやろうとしたら、手のひらを爪でひっかかれたということもあり、それから見かけても(お互い)疎遠にしていたのですが、その朝は、本当に腹ぺこだったのでしょう。

アウンの信頼関係で結ばれて

 それ以来、猫ちゃんは、勝手口ではなく、玄関に顔をみせるようになりました。朝、新聞をとりにでると、ぼくの足の周りによってきます。夕方にも、来るようになった。どういうローテ―ションなのか、法則性がみいだせませんが、続けて毎日来るときもあり、3、4日、音沙汰がないときもあります。外出して自宅にもどるとき、途中で顔を合わせると、ぼくもつい、「おいで、何かあげるから」とか言い、分かるのか分からないのか、分からないまま、玄関までついてきて、じっと待っています。

 猫ちゃんがくればエサをあげる、というルールが、向こうにもこちらにも了解されたという関係が成り立ちました。最初のうちは、なにかエサになるようなものを冷蔵庫から適宜、みつくろっていましたが、猫ちゃんは、ガツガツとなんでも食べるという品のなさがなく、選ぶのです。同じものを続けてだすのも嫌われます。お正月明けに、おせちの鈴廣のかまぼこをだして、プイ、と横を向かれたときは絶句しました。いまでは、ハム、ソーセージ、ベーコンなど、1週間ぶんほど用意しています。

 

誇り高いノラの矜持

 来客のときに、猫ちゃんが玄関に座っていることがままあります。お宅の猫ですかと聞かれて、そうではないんですよとあいまいに答えます。しばらく観察していて、いくつかのことに気が付きました。猫ちゃんには、決まった飼い主はいないし、決まったねぐらもない。しかし、野良猫ではなく、僕と同じようなスポンサーを複数もっていて、ねぐらも複数である。緑地入口で、決まって猫ちゃんに自転車で猫缶を運んでくるお爺さんがいます。かれの話だと「これは昔うちの飼い猫だったんだ」。ただし、お爺さんと猫の別れのいきさつを聞いたことはありません。あるときは、妙齢の女性が道端で猫ちゃんになにかあげていました。緑地入口に自宅を構えるWさんは、猫ちゃんのために段ボールでつくった猫小屋を用意しましたが、猫ちゃんがそこに入っているのはまだみたことがない。猫ちゃんは、八国山の山裾で、付近の人々と任意の関係をいくつももちながら食住を充たし、自由に生きているのだと思っています。

あゝ気になる謎の行動

 猫ちゃんに名前をつけるのは、それゆえ、はばかられるので、ぼくはただ「ねこちゃん」と呼んでいます。気になっていることが2つ。小さな雨の降る日、ねこちゃんは、道のまんなかに行儀よく座り、動かず、ときどき空をみあげています。なにを想っているのだろうか。もう一つ。朝、ねこちゃんに会う。ちょっと待ってねと、急いでハムをもっていく。しかし、ネコちゃんは、見向きもせずに、垣根のほうに行って向き直り、じっと僕をみるのです。朝食はすましたんだ、朝のあいさつにきたんだよ、とか言っているのか、考えこんでしまいます。

※編集部注:「ねこちゃん」の写真は実際のものではなく、「こんなんかな?」というイメージ画像として編集部が貼り付けたものです。

 

 

 

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