信貴山断食道場の思い出 12・13

      2020/06/15

1965 Nov.8-17

「その時、君は?」【008】 市丸 幸子

 

信貴山断食道場の思い出12 ムガール帝国の末裔、ムガールさんのこと。

 

道場には全国からさまざまな人が集まっていましたが、中でも目立っていたのが
パキスタン人と日本人のカップル、ムガール夫妻。日本の歴史や「正食」に興味があり、
年に2、3度夫婦揃って道場を訪れ、4~5日間の断食をしているとのことでした。

ムガールさんは、16世紀から19世紀にかけて、中央アジアに一大帝国を築き上げた
ムガール王朝の末裔。帝国滅亡のとき、イギリス軍によって皇帝一族が殲滅された中、
第七皇子だったムガールさんの曽々祖父だけが命を長らえたとのこと。
世が世であるなら、絢爛たる宮殿に暮らす王侯一族というわけです。

因みにムガール帝国絶頂期の遺産として遺っているのが、白亜の霊廟タージ・マハル。
第五代皇帝シャー・ジャハンが最愛の妃の死を悼み、連日連夜2万人の職工を
動員して、22年の歳月をかけて建設したもので、完成の暁には、設計の秘密を守る
ため、工事に関わった全員を処刑したという逸話も残されています。

当代のムガール氏は頭脳明晰、いまだに女性のミニスカートを見るとドキドキ
するという純情青年です。パキスタンの大学で日本語を専攻し、招待学生で日本に
留学中に奥さんと恋に落ちたということです。

パキスタンみたいな"危険な国"には嫁にやれない!
ムガール一族としては、イスラム以外の女性との結婚は認められない!

当然両家は結婚に猛反対、民族とか宗教とか、ムガール家の血統とか、山積みする課題を
囲が驚く忍耐力で一つひとつ解決し、ついに結婚にこぎつけたのだそうです。

その情熱を支えたのが、
コーランには「人を愛してはいけない」という教えはないから・・・。
という強い信念だったとか。

でもパキスタンに帰れば、エリートコースを歩む超絶セレブの道が待っているのに
このまま日本で絨毯など売っていて、後悔することはないのかしら?

そんな"余計なお世話"の感慨にふけっている私のもとに、後日お二人から、
「貴女にも、きっと運命の人が見つかりますよ」という手紙を添えて、
うちのボロアパートには勿体ない、素敵な玄関マットが送られて来たのでした。

ありがとうございます、そして余計なことを考えて、申し訳ございません。(、._. )、

 

信貴山断食道場の思い出13  西島秀俊似の老舗のぼんを取り逃がす!?

今回は道場でおこった、ちょっとムフフ♡な話です。

その人は27、8歳で、金沢の由緒ある和菓子処の三男さん。談話室ではいつも、
皆のおしゃべりを黙って聞き、静かにほほ笑んでいるような人でした。

太ってもいないし、病気でもなさそうだし・・・。何のための断食かと不思議に
思っていたところ、ある日散歩の途中で出会い、話をすることができたのです。

彼は数ヵ月前にお母さんを亡くし、彼の家は今相続のことで揉めているとのことでした。

兄弟は家業を嫌い就職をして早くに家を出た長男、父の死後、残された母を助け
店を継いだ次男と三男の彼。「店は次男と三男に譲り、長男にはしかるべき金銭で遺産分けをする」という遺言状もあり、誰もがこのまま次男と三男が老舗の暖簾を守っていくものと思っていたのですが・・・。

ある日長男が店に乗りこんできて、新しい遺言状(店は長男に譲るとの記述が…)を
振りかざし、「今日から自分が店をやるから、お前たちは出て行け!」と言ったそうです。

長男の主張によれば、古い方の遺言状は次男と三男が母親に無理やり
書かせたもので、自分が持っている日付の新しい遺言状こそが正規のものであると…。

ところが何と、裁判では長男の主張が通り、二人は店を出ることに。
幸い店の職人さんたちも全員ついて来てくれたので、二人は別の店をオープンさせたのですが、
職人も顧客も失った長男は困り果て、今度は屋号や商品名の使用差し止めを申請し、
現在は両店とも共倒れ状態にあるとのこと。
彼はそんな苦難を乗り越える強さを身につけたいと、道場に来ているのでした。

なんという理不尽! 何という裁判所の横暴でしょう!
その後大人になった私なら、彼の哀しみを少しでも和らげ、励ましになる言葉の一つも
かけてあげられたかも知れませんが、その時はただ、黙って話を聞くことしかできませんでした。

そして…ひと足先に退所の日を迎えた私を彼は駅まで送ってくれ、住所と電話番号を
書いた紙を渡してくれました。

なのに、なのに…。(。/□\。)。・゚ウワーーーン!!!!
私はその大切な紙をしまったトートバッグを電車の網棚に忘れてしまったのです!
しかもドジなことに、こちらの住所は渡してないし…(>_<。)

帰宅してから思い出す彼の顔は、西島秀俊に似ていたような、イヤイヤ漫才コンビ
「霜降り明星」の背が高い方似だったような…。しばらくの間、アパートの外に車が止まる
たびに、「さっちゃん、来たよ!」って、西島秀俊が訪ねてくる妄想に襲われましたが、
もちろん誰も訪ねてくることはなかったのです。(笑)

 

 

 

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