「その時、君は?」 1963 Aug.15 寿禄サスペンス劇場 第一発見者を疑え 山本智子

      2020/05/17

 その時は気づかずに、あとからジワジワと恐怖が甦ってきたという経験は、ありませんか?私はあります。「遺体と一緒にいて、なぜ15分間も気づかなかったのか?」自殺体の第一発見者である私の証言に納得がいかなかった刑事さんから、繰り返し調書を取られたのですが、父親の懸命の弁護により、ようやく無罪放免となったのでした。(笑)

 
1963 Aug.15

 

その時、君は?【009】 山本 智子

 
高校最後の夏休み、受験生だった私は身の毛もよだつ経験をしました。

 高校3年のお盆の中日(8月15日)、一応受験生だった私は問題集と睨めっこしていました。膝ではペクがグッスリ眠っています。新聞に「ペルシャ子猫譲ります」の広告を見つけ、夏休みに入る前の日の学校帰りに、電車を乗り継いで連れて帰った子猫は、黒っぽい顔をしていたのでペルシャの黒猫でペクと名付けました。

揺れる遺体の隣りで夕涼み

 夕方になり「ペクと散歩に行ってくる」と母に伝え、丘の上にある牧の岬公園にサンダル履きで出かけました。西鉄電車の「香椎花園前」が最寄りの駅で、家は香住ケ丘のてっぺんに建っています。一度丘を降り又丘を登り、海に突き出た「牧の岬公園」に着いた頃は、まばゆい夕陽で海がキラキラ輝いていました。

◆左:西鉄電車「香椎花園前」駅(昔の姿) 右:現在の牧の鼻公園と地図

 公園の奥には、新しく建てられた苺模様のキノコ型の大きな屋根とテーブル、その下にはぐるりと丸椅子が六つ並び陽の光の中に浮かび上がって見えます。それと重なって盛り上がった筋肉隆々の腕の様なものが、柱の向こう側に見えます。

 「へーっ!仁王像が建ったんだ」と一瞬頭をかすめました。思い込みとは恐ろしいもので、後で思い知らされることになるのです。そのまま進みベンチの丸い椅子にペクを抱いて座り、沈みかける海の夕陽をボンヤリ眺めていました。

揃えて脱がれたゴム草履の上方に目をやると…

 15分程たった頃、ふと目線を下げると男物のゴム草履がきちんと揃えてあるのが目に入りました。「何で〜?」と左側に目をやると泥の付いた足が‼️「え・え・えー‼️」と目線を何段階かに分けてグッグッグッと上げていきますと、キノコの屋根の梁にかけられたロープと、あがいて力んだ手足に顔が‼️腰を抜かしそうになり数十秒間動けませんでした。ようやくそろそろと後退りして、丘を駆け降りました

く・首吊りです! け・警察に電話を!!

 振り回されたペクはビックリし、ミャーミャーと叫びます。血相を変え丘を駆け下りてくる女子高生を不審に思ったのでしょう。男性が声をかけてくれますが吃って言葉になりません。
 「く・首吊りです。け・警察に電話して下さい!」これはただ事ではないと男性は家々に声をかけ、その辺りの方達が集まってきました。当時はまだ電話がある家は少なく、何人かは電話のある家に走り、残った方達は私を落ち着かせようと水を飲ませ背中を摩ってくれました。男性二人が家まで送ってくれると、散歩に出たままの娘を心配して、夕暮れの中母が庭に出ていました。

疑惑を呼んだ謎の15分間

 さて、翌日のことです。一人の警察官が第一発見者という事で調書を取りに来ました。家を出たのは何時、公園に着いたのは何時と細かく訊かれます。その上「体を触ってみましたか?」と聞かれ、「触ってませんがどうして?」と尋ねましたら、「いや、助かったかもしれないので…」と答えた警察官の一言が耳に残り、その晩は気になって眠れませんでした。

警察の追求を一蹴した父の言葉(笑)

 次の日その警察官が又来て、「死後7時間でした。ただ、上の者から死体の横で15分も夕陽を見ていたなんて、それはないだろうと言われて、調書の取り直しに来ました。」と言うのです。同じ質問を何度もされ、何度も同じ答えをしてなかなか埒が明きません。困っているといきなり玄関先に父が出て来て、「この子はね、ぼーっとしてるんですよ!ぼーっとね!」と聞いたことがない大きな声で言ったものですから、それでやっと警察官は帰りました。

2時間ドラマなら真犯人決定!

 西日本新聞の小さな欄に「受験勉強に疲れ散歩に出た少女が発見」と記事が出ました。自殺されたのは元自衛官で、夫婦喧嘩の末だったと書かれていました。
 筋肉隆々で、私が仁王像だと勘違いしたのはそのせいだったのかもしれません。とは言え、公園に仁王像が建ったんだと思い込んだり、ご遺体に15分も気付かず海を眺めていた変な女子高生の話に納得出来なかった警察の判断も当たり前ですよね。

 推理小説でも「第一発見者を疑え」は常識ですからね。(笑) この事があった後は長いこと、河原にゴザが落ちていても「もしや?」と気になって仕方ありませんでした。

 

 

 

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