《メナムに吹く風》アナザーストーリー 君はクン・チャナイを知っているか? 《中》new

   

 

 「(副社長。今日は大事な日なので、間違いなくパイサン社長はご出席されるとは思いますが、体調がまだ優れないとのこと。万が一のときは代行を宜しくお願いします)」

 1月6日(金) 朝一番、石田の部屋にマユリー女史が夕刻に始まる《新年パーティー》のプログラムを携え入ってきた。《NEW-YEAR STAFF PARTY》 と称していたが、とにかく1500人の社員、当然、運転手のチャナイも含まれた大パーティーで、場所は本社ビルの2階と書いてある。石田にとっては赴任後、全社員に対する"初の御目見え"となる日であった。

 W社ビルはツインタワーになっており、西館が本社、東館がテナントビルになっていた。しかしその本社ビル自体、18階建てで1階はラウンジロビー(半年後、石田によって"菱美空調ギャラリー"に改装)、2階は大ホール、社員レストラン・迎賓レストラン、アスレチック・エアロビクスフロア。3階は屋内プール、サウナ・ジャグジー、テニスコート。4~11階はグループ会社、12階がCADセンター。13階は電気設備・給排水設備各事業部。14階は空調・昇降機各事業部。15階は通信・携帯電話・電算機各事業部。16階は総務・経理・社長室。そして17・18階がパイサン社長邸となっていた。赴任前に何度か訪れていた石田も隅々まで見たことはなく、改めてその偉容に驚いた。

 

 

 

 
 ◆W社 東館テナント ・ 西館本社

 その後、駐在期間における日本からの訪問客にしても、「これが菱美電機の海外代理店なのか」と異口同音に驚嘆した。特に、CADルームにいたっては全土12ステーション(現場)相手に配管やダクト施工の図面改訂を瞬時にやりとりする様を見せつけられると、「タイと思って観光気分半分で来たが、とてもとても。日本じゃこんなシステムを揃えた代理店など1社もないわ。次からはエアコン工場の見学より、W社の遠隔CADシステム見学の方が研修効果があるわい」と評判をよび、いつの間にか「菱美ツアーコース」に組み込まれた。

社員が企画し演じる華やかなパーティー

 さて、その2階の大ホールは通常3つに仕切られ、貸しホールにもなっているのだが、今日は全面ブチ抜きで、広いフロアに12人用円卓が百何十台と敷き詰められた。開始前5:30PMには入場した社員も1000人を超え、いつしか生バンドも音合わせ半分に軽やかなリズムを奏で、舞台の照明も煌々と、今や遅しと、準備万端整った。

 そして定刻の6:00PM.演奏が止み、ぎっしり詰まった会場が一瞬、シーンと静まった。      (総務部長でも開会挨拶するのかな?)と思って当のマユリー女史に目をやると、なんと足を組んでワインを飲んでいるではないか。その途端、石田は会場の大変化に度肝を抜かれた。

 ジャ~ン!突然、場内は暗転。耳を劈く演奏のスタートに合わせ、白いスーツとドレスの若いカップルが仲良く手を繋いで、歌いながらステージに出て来た。ワーッという大歓声が沸き、なるほどこれがタイのアイドル達か、W社もえらい金を掛けるものだなと赴任した会社に感心した。そして軽いステップを踏む女の子をジッと見詰めると、さすがに可愛い。ユーコリンも顔負けだ。今度はカッコいい男の子に目を移すと、ギョッ。なんとエアコンの営業マンではないか。聞くと、このパーティーは全て社員が企画し演出するとかで、この若いカップルも男の子が空調事業部、女の子が電算機事業部のアイドルとのこと。

 続いて、赤いスーツとドレスのカップルが2番の歌詞を唄いながら登場。昇降機と携帯電話のスターたちである。3番のラストフレーズは電気と経理の黄色いカップルであった。そしてその登場の度に歓声のうねりが続く。3組揃って、これから23:00までの5時間に亘るプログラムの紹介を、入れ替わり、立ち代わり喋りまくり、実に鮮やかなテンポで進んで行く。最初は「これは日本じゃ見ないなあ」と、羨ましがって眺めていた石田も、途中からは唯、うっとり見とれてしまった。

会場をひとつにしたアカペラ・タイの歌

 それが済むと、再び暗転。舞台正面にスクリーンが下り、W社の新作企業PRビデオが画面一杯に映し出された。各ビジネスユニットが紹介される度にまたもや当該部門から拍手歓声が沸き起こる。スタートからこれでは否が応でも盛り上がるというものである。

 VTRが終わると場内がパーッと明るくなり、人事担当取締役が壇上に上がった。これからの展開に期待して、割れんばかりの拍手である。石田も大きな拍手を送ったその時、総務部長のマユリー女史がスーッと近付き、小声で囁いた。

 「(副社長。今、連絡が入ったのですが、やはり社長は体調悪く、1時間ほど休まれて来られるとかで、冒頭の挨拶はミスター・石田に代わって欲しいとの伝言です)」

 ええーッと普通は飛び上がるところである。が、もとより石田はパイサン社長の紹介で舞台に上がり、暗誦スピーチを演ずるつもりでいたので、出番が少し早回ったかと、動揺せずに受け止められた。

 (まあ、人前で喋るのは、今更どうってことないわ)

 100人、200人の前では何度かスピーチ経験ある石田にとっては、1500人でも似たようなもんだと嵩を括って、壇上に悠然と上がった。と、ここまでは良かったが、次に思いも掛けないことが起きた。場内が暗転されたのである。そしてまともに正面からスポットライトが当てられ、まさしく対向車のヘッドライトを浴びたように眩しくて眼も開けられない。アンチョコの原稿も光って見えない。

 サーッと血の気が引いたが、もとより原稿無しに喋るつもりで猛特訓してきたわけだから《ええい、ままよ》と眩しいライトに向かって、ゆっくりと、そして大きな声で語りかけた。

 「〈Sawadii pii mai krap thuk thuk than (皆さん、新年明けましておめでとう)〉」途端に物凄い歓声と拍手が会場に渦巻いた。今度来た日本人とはどんなやっちゃ、と興味津々の1500人は、

 「オッ、タイ語で来たじぇ」開会前から「ウエルカムドリンク」で出来上がっている皆は拍手と嬌声でもって、新副社長を冷やかし半分で大歓迎した。

 そして石田は流暢に暗誦スピーチを続けた。

 「<Phom chuw ISHIDA thamgaan yuu tii RYOUBI yiipum(私は日本の菱美電機から参りました石田と申します)>」ここいらから場内が静かになり始めた。

 「おう、結構やるじゃん」、という感じが聴衆から伝わってきた。

 「〈皆さん方とこれから一緒にお仕事ができることを楽しみにしています。私は外国で暮らすのは初めてですが、皆さんの温かい歓迎を頂き、安心致しました。だいいち気候は良いし、何より果物が美味しいのが気に入りました〉」

 「でもタイは物凄く暑い国と覚悟して参りましたのに、物凄く寒い目に遭ってしまい、吃驚しています〉」

 ここで場内は全くシーンとしてしまった。石田は出発前から毎日のように着任スピーチを考え、起承転結の“転”を何にするかを最大の肝としていた。そして思いついたのが出張の度に疑問に抱き続けていたことであった。しかしこんなにシーンと、それも今まで経験もない1500人もの聴衆に固唾を飲ませてしまった。やるっきゃない。

 「〈W社の冷房は何故、こんなに寒いのか?〉」ドッと、ほんとに 《ドオッ》と1500人が笑った。
「〈私は自分の部屋のダンパーを全部、閉めてしまいました〉」意外な話に場内は大笑い。
「〈これは思うに、菱美のエアコンが冷えすぎているのかな?〉」全員が拍手。石田は一瞬、《これで終わったほうがいいかな》とも思った。

 「〈とにかく一生懸命、皆さんと一緒に頑張るつもりです。タイ語はちょっとしか喋れませんが…〉」 
ここでまた笑いが出たが、もう最初の冷やかしの雰囲気は無かった。
「〈もっと勉強して、皆さんともっと意思疎通できるようになって、力を合わせてW社をもっといい会社にして行きたいと思います。よろしくお願いします〉」

 大きな拍手が彼の歓迎を意味していた。ここで終わるものと誰もが思ったであろう。石田は最後の "受け"を狙った。それも彼の最大の武器である。

 「〈では最後に、皆さんとのお近付きの印に、タイの歌を一曲歌います〉」

 石田は曲名も言わず、アカペラでタイの民謡『ロイクラトン(灯篭流し)』を歌い始めた。場内がワーッと沸いた。この急なシナリオ外の展開にも、さすがバンドメンバーは慣れたものでサッと演奏を合わせ、場内はたちまち大合唱となった。そして前席テーブルの皆は立ち上がって踊りだした。今度は石田の方がこの思い掛けない展開に驚いた。

 「♬Wanphen dwan sipsoon naam koong noong tem taring ・・・・♬」
〈♬12月の満月の夜は 岸まで水が溢れ
男たちも女たちも 灯篭流しを楽しむ
灯篭を流して 灯篭を流して
あなたと踊りたい 善は私たちを幸せにする
善は貴方たちを幸せにする♬〉

 ◆「ロイクラトン」とは、灯籠(クラトン)を川に流す(ロイ)の意味を持つ、タイに古くから伝わる幻想的な祭りである。旧暦12月(現在の10月~11月)の満月の夜に、人々が川岸に集まり、バナナの幹や葉などで模った灯籠にロウソクを立てて川に流し、川の女神に感謝を捧げたのが始まり。

 タイの人たちは踊りが大好きである。聞いてはいたが、これほど盛り上がるとは・・・。日本での語学研修センターでも、JALの機内でも、必死で丸暗記してきた努力が、これほどの反応になるとは夢にも思わなかった。

 嬌声に渦巻いた石田のスピーチが終わると、テーブルに食事が出され始めた。舞台はまたも華やかに各部門選りすぐりの美女連によるタイ踊りが繰り広がれている。そしてその後はエアロビクス、リズムダンス。登場する若者たちは皆、衣装を合わせ、プロ並みとはいかないが、この日のためにかなりの練習を重ねてきたことがよく判るパーフォーマンスが繰り広げられた。

 そして漸く、心配したパイサン社長が夫人に付き添われて姿を現わし、大きな拍手に応えながら、壇上に上がった。

 社長は昨年度の業績報告と今年度の事業方針について発表した。体調が悪い筈なのに、かなりの時間を掛けた。話のシメでドーッと二度、場内を沸かせたので、「何かな?」と、カタコト日本語のビチャイ本部長に聞くと

 「私は見た目は老人に見えるかも知れないが、ハートはまだまだ青年だ。徹夜だってまだやれるぞ」
そして、最後の大歓声はこうであったらしい。
「去年は予想したより収益が出たので、当初、出せないかも知れないと言ったボーナスを出すことにした」当然の騒ぎだったのである。

 社長用テーブルには夫人と息子3人、娘2人と、石田が座っていた。経理を担当する長女は最初から座っていたので、早速、小声で母親に石田のスピーチの様子を残らず報告した。バッチャリ夫人はにこやかに笑みを浮かべ、石田にこう囁いた。

 「大変素敵なご挨拶をされたそうですね。娘が吃驚していますよ。聞きたかったわ」

 パイサン社長が壇を降りてきたので、石田は握手で迎えた。
「お加減はいかがですか?」
「いや、もう大丈夫。どうだい、楽しんでるかい?」
「いやもぉ、こんな素晴らしいパーティーは日本でも味わったことがありませんよ」

 ここで第1回のラッキードロー(籤引き)となった。招待状には各自の名前と共に、籤番号が書かれており、入場時に渡した半券で壇上のカップル司会者による抽選会の始まり、始まり。最初は《1000バーツ(約4000円)》からスタートしたが、タイの最低日給が135バーツから考えても決して少額ではない。次に《旅行クーポン》、《扇風機》、《テレビ》、《単車》と段々、高価になり、名前が読み上げられる度に、各部門の歓声が沸き、さながら運動会の成績発表のよう。

 パーティーは衰えをみせず、盛り上がる一方。社長は身体の無理を避け、夫人と共に1時間ほどで引き揚げた。退席の際、あとをよろしく、との合図か、石田の肩を静かに揉んだ。

 アッと言う間に11:00PM。”宴も酣”とはまさしくこの様子を言うのであろう。そして、ついにラッキードロー、最後に残された1等賞の抽選である。

 賞品は会場入口に飾られた《日産の新車》。サインボードには24万バーツ(96万円)と大きく書かれている。パイサン社長の代わりに石田が壇上に呼ばれた。場内は固唾を呑んでシ~ンと静まり、ドラムの音だけが響き渡る。石田は白い壷に手を入れ、大きくかき混ぜ、更にもう一度かき混ぜて、1枚取り上げるや頭上高く掲げた。

 ジャーン!昇降機事業部の若者に当たった。まあ、本人と一緒に事業部全員が壇上に駆け登ってきて大変な騒ぎ。そしてパーッと場内暗転。高鳴るバンド演奏。ミラーボールが回り始め、GOGOダンスの渦が瞬く間に広がった。

 石田はここで会場を後にしたが、引き揚げながら一人思った。「日本じゃ、こうスマートには行かないな。堅苦しい挨拶に始まり、最後も"三本締め"で終わる。いやはや何とも、興も冷めれば酔いまで冷めちゃうわ。これからは日本のパーティーもこういう風にやろう」

 

カルチャーショックあれこれ

 既に半年も経つと石田もタイの生活に溶け込み、その間、日本においては考えもつかない数々のカルチャーショックに遭遇した。その幾つかを誌しておきたい。

 先ずは何と言っても想像を絶する交通渋滞である。首都交通問題担当タクシン副首相は現状目に余る交通渋滞緩和策として、「97年1月以降の登録新車に対するラッシュアワー時、都内乗り入れ禁止」案を陸運局に検討させていると発表した。

 彼自身、就任時、都内渋滞を半年以内に片付けると公約して、まずは交通違反取締から着手。自らも出資し、月間成績最優秀の警察署に月10万TB(40万円)、2位には5万TB(20万円)、検挙した警官にも罰金の35%を支給した。加えて渋滞監視用飛行船を4500万TB(1.8億円)で購入。交通警官の増強も考え、国境警察から1000名異動させた。

 そして遂には、事故車の撤去が渋滞に拍車を掛けるので、「軍の大型ヘリで吊下げる計画」も出したが、危険すぎるという声が多く、渋々取り下げた。

 こういう渋滞緩和策はいろいろな国で先例があるが、韓国ソウルではその日と同じ下一桁のナンバー車は「終日乗り入れ禁止」。つまり23日とすれば下一桁“3”の車が見つかったら10、000円相当の罰金が取られる。それもその後2時間だけの走行許可しかくれないので、早々に退去せねば一旦、渋滞に巻き込まれたが最後、2時間毎に罰金を払い続けねばならなくなる。

 シンガポールでは朝夕のラッシュ時対策として、2人以下の乗用車が「乗り入れ禁止」されている。そのため関門所の入り口付近にはバスストップならぬ〝無料乗合場所”ができ、次々とお互い知らぬ同士が3人、4人乗りとなって市内に入って来るし、帰りも朝と違う人たちを乗せて出て行く。《人類みな友達》。こういう国では人種も、貧富も、宗教での差別も起きようがない。

国民に敬愛されるタイ国王

 「(クン・イシダ。今日のバンコク・ポスト紙、ご覧になりましたか?プミポン国王が異例の政治批判をされましたぞ)」

 8月の或る日、メンバーズレストラン〝Pacific City Club”でタイシルクで有名なジム・トンプソン社チット取締役が言った。石田の駐タイも半年近くなると、こういう人脈も出来、ときには社交夕食会の中に居ることもある。

 ポスト紙記事を要約すると、各国駐在大使会議の席上で、国王は昨今の交通渋滞に触れ、「連立政党による利害の衝突が解消を遅らせている」と強く批判。過去5年間、車は毎年122%の伸びで増え続け、今年は 60万台の販売見込み。2000年には年間80万台の見通しであり、このままではタイの経済発展は車の充満で自滅するのではと危惧されているのだ。

 国王の政治批判は‘92年、市民が軍部に反対して立ち上がった《5月事件》への仲裁に乗り出して以来。軍事政権のスチンダ首相と民主化指導者チャムロンを呼び出し、跪かせて「いい加減にしなさい」と叱責した話は有名。そのプミポン国王も翌年1996年6月9日、ラマ9世として即位50周年を迎えた。現在の世界諸国の王室でも最長在位である。

 「〈チャナイ。式典を見に行こう。ナニッ、人が一杯で見れないって?いいんだよ。50年に一遍の祝賀の時に、タイに居たという証さ〉」 駐車が大変と聞いたので、タクシーを呼んだ。

◆王宮に浮かぶランタン灯篭

 17:00。王宮のある旧市街区は既に進入禁止。人々は蝋燭を手に持ち、火の波を作っていたが、一歩も動けない。19:19祝賀花火。群衆の歓声と共に太鼓・銅鑼、賑やかな囃子に遥か遠くの舞台で獅子が舞い、灯篭が浮かぶ。

 「チャナイ。こりゃ無理だ。もう十分見たことにしとこう」

 見たのは人ばかりだったが、これも思い出だ。前後左右押しくら饅頭の挙句、タクシー捕捉に2時間要した。走り出した途端、助手席に乗ったチャナイが運転手に怒鳴っている。倍額吹きかけられたとか。

 「〈俺の方がここは詳しいんだ。信号の無い道をちゃんと教えてやる!〉」
その怒号の中、喧嘩の二人が突然黙った。見ると、近づく正面のラマ4世像を共に両手で拝んでいるではないか。

 「〈おいおい、アンタライ(危ない)。ハンドルから手を放すな~〉」

 

タイの"おもてなし"はけた外れ

 石田は日本からの来客をもてなすレストランとして、“This is Thailand”を印象づける 《松竹梅》を用意していた。

 《松》は豪華絢爛なタイ舞踊を楽しみながら伝統料理を頂く『サラリンナム』である。チャオプラヤ河をボートで渡り、桟橋に着くと、光り輝く庭園を抜けた先に、タイ独特の音曲が流れてくる古風な木造の館が建っている。

◆《松》 『サラリンナム』

 タイの舞踊は〝指先の芸術”と呼ばれ、指先を美しく見せるため、手の平を反らせたり、装飾爪を付けたりして繊細かつ優雅に舞う。腰を落とし、擦り足でゆっくりと曲線的に踊るのが特色である。衣装は金糸銀糸で刺繍され、頭には仏塔を形どった宝飾の冠を被っている。古典舞踊は大別すると《コーン》と呼ばれる仮面舞踊劇と、《ラコーン》と呼ばれる舞台舞踊劇に分けられる。前者は女性と神と王族以外は仮面を被り、衣装も悪魔は緑色、王を守る猿軍団は白色で区別。語り部に合わせて劇は展開し、足踏みを特徴としている。後者はいわばタイ風歌舞伎というか、物語性のある舞台舞踊で、太鼓や銅鑼に合わせ、指先を反らせながら、繊細に踊る。タイに来たなぁとの初日向き。

 《竹》はその踊りを大掛かりなショーとして、それも野外ステージで展開する水上舞台のレストラン『ロイヤルドラゴン』。収容規模5000名、世界最大のこのレストランは93年度ギネスブックに登録された。店と言うより、大庭園と言うべきか、入口付近は生け簀が10も20も並び、大小の魚、貝、蟹、海老、烏賊・・・お客に今日の食事の品定めをさせる。子供たちには格好の水族館である。

◆《竹》 『ロイヤルドラゴン』

 なにしろ広大な敷地なので100名を越すボーイたちも歩いて配膳していては仕事にならない。皆がローラースケートで〝光GENJI”よろしく走り回っている。料理盆を頭上に掲げ、かなりのスピードで人混みの中を往来するのだが、不始末を起こしたのを見たことがない。たいした走行テクニックである。

◆配膳スケーター

◆配膳ロープウエイ

◆バーミナム

 食事が始まり、水上舞台のタイ舞踊も次々と演目が進み、宴も酣になって来た頃、突如、園内が暗転して勇ましい音楽が響き渡る。そして庭園の隅に建つ「七層の楼閣」にスポットライトが当てられる。すると最上階の欄間を越えて、三国志の武人と貴妃が片手に料理盆を掲げて、矢のように滑降してくる。

 「おおお~ッ」初めて観た時、流石の海外通の石田も度肝を抜かれた。その飛行距離100m。水上桟敷席に降り立った二人はロープの滑車から身を放ち、特別注文の客席に配膳する。これは日本でやっても拍手喝采であろう。

 《梅》はギネスブックで有名な室内1000人収容レストラン『シーフード・マーケット』。

◆《梅》『シーフード・マーケット』

 ここはただ広いだけでなく、店内の奥はスーパーの生鮮食品売場のようになっていて、食材を自分で選び精算して、買物カートでテーブルに運んだ後、ウエイトレスに料理方法を指示するのである。フエダイの煮つけ、蟹のカレー煮、海老の直火焼き、仕上げはタイ風炒飯とトムヤムクン。デザートはヤングココナツクリーム。

 「こりゃ、日本でも流行るだろなあ。面白いアイデアだ。嫁さんが一番喜ぶよ」           食通を自認する東京電力 片倉部長は舌舐めずりをした。

 《桜》というか、仲間内でよく行くお薦めの店、つまりその一品目当てに遠くからでも駆け付ける名物料理店もある。

■「タイスキ」の『コカレストラン』 ■「蟹の甘辛カレー煮」の『ソンブン』 ■「フカヒレ」の『パタヤ・シャークフーズ』 ■「ハム照り焼き」の『シンハービアハウス』 ■「バーミーナーム」の『タナ・シティカントリークラブハウス』等々

 

 

 

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