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😆いや~ん! 昭和三十三年の検〇事件

      2019/05/01

 

 

   tadashi seki 関 忠

 

寿禄会の皆さん、こんにちは。3年3組の関 忠です。
目覚めると雨混じりの雪、今日も宝塚は冷えています。

貧しかった小学校の時の写真がありましたので、ご紹介します。

今どきの小学生のシュッとした顔立ちとはえらい違い、男女ともドロ臭い
顔ばしてます。1958年(S33)1月と記されています。

着たキリの服でひと冬を過ごすくらいのバイタリティーがあったというか、
それとも単に着る服が無かっただけなのか?  
総勢26名の6年1組。さて、私はどこにおるでしょうか? 

 

 

 

 

いつも腹ぺこで寒かったあの頃

バックの校舎は、前年に山間のこの地に移設されました。
それまでは板付飛行場(現 福岡空港)に面していました。
米軍のジェット戦闘機のあまりのうるささに、山の裏側に移転したのです。

歴史的には明治時代から、尋常小学校(高等小学校)、国民学校と変わり、
戦後席田小学校となりました。
移設前の校舎では、電気は職員室横の宿泊室にだけ来ていて、そこの裸電球を
灯すだけ。もちろん、ガス・水道はありませんでした。

教室横の廊下の両間口に仕切り扉はなく、24時間常に外とツーツー…。
粉雪が舞う冬の寒い日には、窓側も廊下にも雪が舞っていました。
素足で常にすきっ腹の、小学生には寒かった思い出だけです。

 

給食室で赤痢発生!

校舎移転早々、はっきり覚えているアクシデントがありました。
給食室の料理担当のおばさん達が、赤痢に罹っていたのが判明したのです。
そこで学校全体で、検〇をすることになりました。

「検〇」といえば、当時寄生虫検査の日にはマッチ箱にお宝を採り、
ひもで括ってぶら下げて持っていきましたね。
また同じことをやるのかなと思っていたら、「直接検〇」をするという。
「直接検便?? お尻の穴を覗き見るのかいな? どうするんやろう??」

検〇当日、「ハーイ、ここでズボンとパンツをずり下げて…」
「アッチ向いて、手をついてモーさんの四つん這いになって、お尻を
少しつき上げて…」と言われその通りにしたら、

何やら穴に突っ込まれたぁ~、「アっ 痛ぁー!!」

ハイ、終わり♥・・・ガラス棒を突っ込まれたのです!

鮮明に覚えているのは、女の先生が「絶対いやや!」と強く拒否して
いたことです。
「何で先生嫌がるんやろう?」と思うくらい、無垢な小学生でした。

 

 

 

 

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