福高寿禄会|福岡県立福岡高等学校16回卒業同窓会|

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魂が震えた。太陽の塔《内部公開》体験記

      2019/05/01

◆太陽の塔《内部公開》:<生命の樹>ゾーン

 

抽選に当選して観覧へ!

 2025年の万博の大阪誘致・開催を盛り上げるため?か、万博公園の太陽の塔の耐震補強工事(腕から下のコンクリート壁を20cm厚くして耐震性を増した等)や内部再生工事(行方不明となっていた地底の太陽や他の展示物を再生して展示等)が完了し、2018年3月から塔の内部公開が始まった。

 近所に住む娘一家が、孫達も行ける学校が休みの土日に何度も応募したものの抽選にはずれ、やっと2月18日(月)で当選したが、平日のため参加出来ない孫たちの代わりに、私たちも急遽参加できることとなった。入場料250円を払って、自然文化園の中へ入ったが、太陽の塔の参観時間開始まで時間があるため、丁度開催中の「梅まつり」(寿禄会インスタ参照)や周辺を見て回る。

大阪が熱く燃えた夏――〈EXPO‘70〉

 大阪万博〈EXPO'70〉は私個人にとっても非常に想い出深い万博である。と言うのも、大阪へ就職が決まり、EXPO'70真っ只中の1970年4月にすぐ近く(吹田市山田)の名神高速道路沿いの独身寮に入寮したが、何人もの学生時代の友人が、入れ替わり立ち代わり万博見学に好都合と宿も確保せずに来たため、無断宿泊禁止の掟を破ってこっそり裏から泊めて万博を案内した、ほろ苦い思い出が大部分ではあるが・・・。

 また会期中に6421万人もの多数の人が集まったため、どのパビリオンも人また人の長い行列ばかりで、太陽の塔の中に入れるということも、当時は全く知らなかった程である。

◆自然文化園・中央口

◆入園券

◆特別展開催看板

◆Expo'70パビリオン(旧鉄鋼館)

 「旧鉄鋼館」(現在は、EXPO'70パビリオン)では、「万博を追い求めた日本(万博黎明期から現在まで)という特別展が開催されていたが、以前「EXPO'70」関連展示を見学したこともあったので、今回は中は見学しなかった。

◆特別展:万博を追い求めた日本(万博黎明期から現在まで)のパンフレット

コネを駆使して憧れの尺八奏者に面会

 なおこの「旧鉄鋼館」は私にとって非常に思い出深いパビリオンである。と言うのも、趣味で尺八を吹いているが、あまたの尺八演奏家の中でも日本を代表する尺八古典本曲の名手・横山勝也氏の尺八の音色に魅了されて、学生時代には福岡や北九州での演奏会の際にお手伝いをしたこともあった。

 その横山勝也氏が鉄鋼館で演奏される(武満徹作曲の琵琶と尺八の為の「ノベンバーステップス」という曲?)という話を聞きつけたものの、入場券を手に入れる伝手もなかったため、ままよとばかりに鉄鋼館の受付に直行して直談判。横山勝也さんの知人として無理矢理裏口から入館させて頂き、横山さんとは演奏前に数分ほど話をさせて頂いた。もちろん演奏は最後までばっちり聴かせて頂いて感激したことを、今でも鮮明に覚えている。

愈々太陽の塔内部へ!

 EXPO'70のテーマ「人類の進歩と調和」を表現するテーマ館(パビリオン)として建設された岡本太郎製作の「太陽の塔」であるが、当時はその中を見ることができるとは思ってもいなかった。

 今回見る機会を得た太陽の塔内部へは、背面の<黒い太陽>の下の専用入口から、当選ハガキと入場料700円で入場出来たが、消防法?の関係から一度に多数の人が一緒に見学することは出来ないそうで、5分毎に、16名づつを一団にして、塔の内部へと案内された。しかし、写真撮影は、カメラ落下の危険の無い地階と1階部分のみに制限されてしまい、折角のシャッターチャンスは今一つの感がある。

◆太陽の塔・パンフレット(p1)

◆太陽の塔・パンフレット(p2)

過去・現在・未来を貫く万物のエネルギーを表現

 太陽の塔の役割は、テーマ館を見た観客を地上30mの上空に架けられていた<大屋根(大回廊)>まで、観客を運ぶ役割だったとのこと。地下展示を見たあと、4基のエスカレーターを乗り継いで2階回廊まであがり、右腕内のエスカレーターで<大屋根>の内部に観客を運んでいたらしい。
 EXPO'70には何回も来たものの、テーマ館には一度も来たことが無かったので、初めて知ることばかりである。

 太陽の塔は高さ70m、基底部の直径20m、腕の長さ25mの巨大な構造物で、過去・現在・未来を貫く万物のエネルギーを表現しているとのこと。EXPO'70の象徴的な建物として外見は何度も見たことがあったが、胴体部の正面についている<太陽の顔>が現在を、頂部の<黄金の顔>が未来を、背面の<黒い太陽>が過去を象徴していることは今回初めて知ったことである。

 また、長さ25mもの右腕には、多数の観客を大屋根に運ぶ「エスカレーター」が設置されており、左腕には、非常時に観客を大屋根に逃がすための「非常階段」が設置されていたそうであり、今回の見学ではこれら腕の内部もじっくりと観覧でき、それらの巨大さ・壮大さに改めて感嘆した。

◆太陽の塔・パンフレット(p3)

◆太陽の塔・パンフレット(p4)

神々の森の呪術師――〈地底の太陽〉

 1970年の博覧会当時、テーマ館の地下には上記3つの顔の他に〈地底の太陽〉と呼ばれる第4の顔も展示されていたが、博覧会終了後の撤去作業に紛れて失われ、現在も行方不明のままである。

◆太陽の塔・パンフレット(p5) プロローグ<地底の太陽>ゾーン

 〈地底の太陽〉は、高さ約3メートル、全長約11メートルにおよぶ巨大な仮面であったが、今回の太陽の塔再生事業で、この〈地底の太陽〉も復元された。詳しい図面は残っておらず、制作途中の当時のスナップ写真など、わずかな資料を手がかりに再生したという。

 仮面の周囲には、世界の仮面や神像、土偶などが併設されており、プロジェクションマッピングで当時の写真などを投影し、制作当時のイメージを伝えている。

◆地底の太陽(スライドショー)

33種183体の生物模型で生命の起源を表現

 真っ赤な壁面の太陽の塔内には、高さ41mもの〈生命の樹〉が設置され、天空に伸びる1本の樹体に、単細胞生物からクロマニヨン人まで、生物進化を辿る33種もの‴いきもの‴が、びっしりと貼り付いており、‴いのち‴の歴史を表わしている。

◆太陽の塔・パンフレット(p6) 生命の樹

◆パンフレット(p7) <生命の樹>は命の歴史

◆パンフレット(p8) 33種類のいきものたち

 今回の展示では、昔設置してあった4基の「エスカレーター」は撤去され、その部分には計140段の階段が設置され、元気な人は階段を自力で昇って〈生命の樹〉をじっくりと鑑賞することができるが、私のように昇り切る自信がない人は「エレべーター」のお世話になり、中二階で〈生命の樹〉の中段から鑑賞し、二階で〈生命の樹〉を上から鑑賞し、しばらく立ち去りがたいほどの感動に身を浸した。

芸術は呪術だ!

 「芸術は呪術だ」こんな言葉を残したという天才芸術家岡本太郎、今回の太陽の塔訪問で感じたのは、その唯一無二のカリスマ性である。人智をはるかに超える創造性、狂気と正気の境界をたゆたう類なきオリジナリティ、過去への洞察と未来への予知、ほとばしる圧倒的な熱量…。この歳になって初めて心の深部をゆり動かされた、それは魂が震えるほどの体験であった。

◆<生命の樹>の根幹部(スライドショー)

<生命の樹>の根幹部:奥の階段を登りながら体験する。

◆<生命の樹>(下から見上げたスライドショー)

残念ながら、<生命の樹>の上からの写真撮影は、カメラを落としたら危ない?という理由で禁止されていた!

 

 

 

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