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軽井沢に移り住んで四半世紀

      2016/09/19

徳重 (高田) 洋子

641988年、オレゴン大学へ留学するための渡米をきっかけに、埼玉県所沢市の家を売って追分の分譲別荘地を購入した。中央大学教授を務めていた夫は、毎年のようにゼミ合宿で軽井沢に来ていたのでとっても気に入っていたようである。帰国後、次女(当時小学校二年生)と三人で移り住む。

週末の癒し生活を楽しんだ夫

彼は片道三時間かけての通勤。当時、上信越道も長野新幹線もまだなかった。大学の宿舎に二泊または三泊して帰軽。週末は犬の散歩、論文や原稿を執筆等々、刻々と移ろってゆく自然を日常的に自分の生活の中に取り込んでエンジョイしていたようである。
私は博多生まれで寒さには弱く、初めての冬は本当に戸惑ったものだ。家の構造は二重窓で床暖房ではあるが、二十年前の軽井沢はマイナス二十度前後まで気温が下がる。太陽の日射しがどんなにか支えになったことだろう。すっかりアニミズムに侵されてしまった。

息を呑む霧氷の美しさ

その頃の軽井沢の冬は、夜、犬が吠えるとキツネが庭の外灯の下を横切っていたり、庭のエサ台に置いたひまわりの種、りんごやみかん等にはリスがきたり、イカルやヤマガラ等二十三種類もの野鳥がやってきて、かるいざわ霧氷徳重冬の林はとても賑やかであった。また、樹々に凍りついた霧氷が光の中を風に乗ってパラパラと散ってゆく光景を体験できるのはやはり生活者の特権であろうと思われる。

待ち焦がれた春、そして心浮き立つ夏へ

そんな厳しい冬を経て、やがてかるいざわ林徳重2待ち焦がれた春のやわらかな陽射しが訪れる。ふきのとうが芽を出し、少しずつ少しずつ木々の芽吹きが始まる。世間は卒業だ入学だとバタバタしているうちに、若葉の季節へと移っていく。そして、夏の軽井沢は涼を求めて別荘族と観光客でごった返す。確かに軽井沢の風は爽やかである(わが家には冷房がない)。車は渋滞し、生活者は空いてる時間を見計らって買い物に行く。わが家も客人が多くなり、心なしかうきうきしてくる。

思いがけない自然災害にこころ痛めて

そして、紅葉の季節がくる。軽井沢は寒暖の差が激しいため、草花の色が鮮やかで、どんな絵画も自然には勝てないことを思い知らされる。こんな四季の移り変わりを味わえる生活が続くことを願うのであるが、あさまやま徳重果たして昨今の想定外の自然災害には目を見張るものがある。軽井沢も浅間山を抱えるが故に如何ともしがたい。
日本人に多い「正常性バイアス」(「自分は大丈夫」との考え方)に陥らず、先人の知恵を学んで、客観性を持って個人個人が強くなることが必要であろうと思われる。

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