春のフランス花紀行⑭new

   

◆オランジュリー美術館 睡蓮の間

 

 

 その後、ルーヴルとコンコルド広場に挟まれたチュイルリー公園を散策。パリっ子たちに最も愛される市民の気軽な憩いの場で、広大なフランス式庭園。
 コンコルド広場に行き当たる手前、チュイルリー公園の敷地内にオランジュリー美術館がある。

◆(左) チュイルリー公園、(右) オランジュリー美術館

 2時10分、入館。
 建物は19世紀にナポレオン3世が建てた温室(オランジュリー)を利用した小さな美術館で、ルーヴルに比べずっと人も少なく、心ゆくまで鑑賞できる。
 オランジュリーの最大の見どころは、何といっても1階にあるモネの「睡蓮の間」。モネの人生の集大成ともいえる連作が見られる。1918年、第1次世界大戦の終結を記念してモネが2点の「睡蓮」を国家に寄贈したのを受けて、時の首相クレマンソーが、草花が咲き乱れるジヴェルニーを訪問。その自然と作品の素晴らしさに心をうたれ、モネに新たな「睡蓮」の制作を依頼する。78才のモネは、眼病を患っていたが、86才で没するまで体力の衰えとも戦いながら描き続け、没後の1927年オランジュリーの壁を飾った。

◆オランジュリー美術館 睡蓮の間

 2室に分かれた広い楕円形の「睡蓮の間」は、12枚の大作に埋められている。連作は、1日のなかで様々に変化する睡蓮の池を表している。日没の太陽の光を反映した睡蓮の池はオレンジ色に染まり、朝もやのなかでは青い水をたたえている。同じモティーフを異なる時間に描いたモネの意図に沿う形で、「睡蓮」の連作を鑑賞できるように楕円形の部屋が設計された。

◆(左) 睡蓮、日没 1914~26 200×600㎝、(中)(右) 睡蓮、朝 200×1275㎝

 絵は、展示室中央のソファに座って眺めるとちょうどいい低い位置に掲げられている。見る人は周囲に池が巡っているような感覚を味わい、静寂な夢のような別世界に引き込まれる。思い切り近寄って厚塗りの絵具やタッチに、モネの息かづかいを感じるのもよい。誰に邪魔されることもなく、気が済むまで鑑賞できる。

 モネの風景画における構図や色彩の使い方には、浮世絵の影響が指摘されている。

睡蓮、柳のある朝 197×1277㎝:スライドショー(横6枚)

◆睡蓮、緑の反映

睡蓮:スライドショー(横6枚)

◆モネ アルジャントゥイユ

 地下2階には、モディリアニ、セザンヌ、ルノワール、ピカソ、マティス、ユトリノなど、印象派からフォーヴィズム、キュビズム、エコール・ド・パリの画家たちの名画が画家別にまとめられ、展示されている。
 ルノワールの「ピエロ姿のクロード・ルノワール」は、オレンジ色の道化服を着た息子の愛らしい肖像画。セザンヌが息子を描いた「画家の息子の肖像」、ピカソのバラ色の時代の代表作「抱擁」、「青年たち」など素晴らしい作品が並ぶ。
 独特の画風のマリー・ローランサン、ルソーの「ジュニエ爺さんの馬車」も興味深い。

◆ルノワール (左) 長い髪の浴女、(中) 足を洗う水浴の女、(右) ピアノを弾く娘たち

◆(左)ゴーギャン 風景、(中)セザンヌ 木々と家々、(右) ルソー ジュニエ爺さんの馬車

◆(左) マティス、(中) マティス 赤いキュロットのオダリスク、(右) モディリアニ 若い見習い職人

◆オランジュリー美術館地下2階展示室の作品

 モネの「睡蓮」だけのつもりで行ったので、望外の幸せな時間を過ごすことができた。

 オランジュリー美術館を出ると、目の前がコンコルド広場である。古代エジプトの白亜のオベリスクが立っている。オベリスクは、凱旋門とルーヴル美術館を結ぶ一直線のちょうど中間にあたる。ルイ15世広場といわれたこの広場で、ルイ16世やマリー・アントワネットをはじめとする1,343人の貴族や政治家が、ギロチンの露と消えた。2年間に亘る処刑が終わった1795年、コンコルド(調和)広場と改名された。

◆コンコルド広場

 コンコルド広場から凱旋門まで一直線にのびるシャンゼリゼ大通り。パリで最も華やかで、マロニエの並木の新緑が美しい通り。お洒落なカフェやレストラン、ショッピング・スポットが並んでいる。凱旋門はかなり遠くに見え、メトロに乗っていこうかと考えながら歩くうち、いつの間にか凱旋門に着いている。大阪の御堂筋より短いようだ。

◆(左) シャンゼリゼ大通り、(右) 凱旋門

 凱旋門は、12本の大通りが交差するシャルル・ド・ゴール広場(エトワール広場)の真ん中にあるので、専用の地下通路を通って行く。門の下から見上げるとそのスケールの大きさに圧倒される。高さ50m、幅が45mある。壁面は、ナポレオンの戦いや義勇軍の出陣の様子を描いた浮き彫りに飾られている。

◆(左) 凱旋門への専用地下通路、(中、右) 下から見上げた凱旋門

 長いらせん階段を上って屋上へ。ぱっと視界が開け、パリの市街が一望のもと。360度の大パノラマに、目を見張る。大小12本の通りがきれいに放射状に広がっている。真っすぐに延びるシャンゼリゼ大通りの延長線上にコンコルド広場、ルーヴル美術館が望める。エッフェル塔や遠くモンマントルの丘、サクレ・クール寺院、パリの副都心ラ・デファンスまで見渡せる。

◆(左、中) 凱旋門上から見るパリの街、(右) 凱旋門上から見るエッフェル塔

 凱旋門は、ローマ帝国の復活を夢見ていたナポレオン・ボナパルトが、1805年にアウステルリッツの戦いでオーストリア・ロシア連合軍に勝利した記念として、その翌年の1806年自らの凱旋する日のために着工を命じたが、完成したのは30年後の1836年。流刑地セント・ヘレナ島で死んだナポレオンの遺体は1840年ようやくこの門をくぐることができた。

◆(左) 凱旋門上から見るパリの副都心ラ・デファンス、(右) モンマントルの丘、サクレ・クール寺院

 凱旋門からシャンゼリゼ大通りを戻り、コンコルド広場の少し北にあるマドレーヌ教会前を東へ行くと、フォションの店がある。パリに来るとここで紅茶を買う。色々な種類があり、軽いし、お洒落なので友達やご近所への土産にちょうどよい。

◆(左) パリの街角、(中) フォションの店先、(右) マドレーヌ教会

 マドレーヌ教会。52本のコリント様式の列柱に取り囲まれ、正面に28段の幅広い階段をもつ。ナポレオンが自分の偉業を讃える殿堂として、エキゾチックなギリシャ様式の建物を建てさせた。当時、広い野原にぽつんと立つ建物は、アクロポリスのパルテノン神殿を彷彿させたという。高さ30m、幅43m、奥行き108m、堂々たる構えの独特な四角の教会。

 さらに東へ進むと、オペラ座に出る。高さ82mの巨大なドームの上に黄金の竪琴を掲げるアポロンをいただき、コリント様式の列柱をもつ豪壮で風格ある建物。内部はまるで王宮を思わせる華麗な劇場になっている。今は、バレエを中心に上演しており、公演やリハーサルが行われていないときは客席内の見学もできる。

オペラ座:スライドショー(横4枚)

◆添乗員さんとオペラ座前で

 オペラ座前で添乗員や何人かの同行者と待ち合わせて、レストラン「なみき」へ。8時から10時半、フランス最後のディナーを心ゆくまで楽しむ。

フランス最後のディナー:スライドショー(横5枚)

パリのメトロ:スライドショー(横4枚)

◆パリのトラム

 メトロを乗り継いで、11時半ホテルに帰着。

 翌5月14日午後2時半、シャルル・ド・ゴール空港から帰国の途につく。

- 完 -

 

 

 

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