挽歌 ありがとう、竹田範弘さん。new

      2026/02/03

 市丸 幸子

挽歌 ありがとう、竹田範弘さん。

 竹田範弘さんが旅立たれました。盟友でいらした住田さんからお知らせをいただいて以来呆然として、今もまだ事実を呑みこむことができずにいます。あんなにお元気で、楽しそうにこれからの夢を語っておられたのに。またきっと、志賀島ウォーキングに参加すると約束しておられたのに……。

 晩年の範弘さんが、寿禄会の皆さんとの交流を楽しんで、とても幸せそうにしておられたと、奥様の和子様から伝えていただきました。感謝の気持ちでいっぱいだと。それが本当なら、どんなに嬉しいことでしょう。

 でもそれは、本当のことの半分でしかありません。竹田さんとのお付き合いで、沢山の幸せをいただいたのは、むしろこちらの方です。竹田範弘さん、もっと沢山お会いしたかったです。感謝の思いを言葉にして、キチンとお伝えするべきだったと、悔やまれてなりません。遅いかも知れませんが竹田さん、ありがとうございました。

 

◎挽歌《誠と義》

 志を高く掲げ、ひとすじに貫かれた人生でしたね。胸に抱えておられた天職への熱い想い、ご家族や周囲の方々への愛はあふれるばかりで、小さな風に花弁がこぼれるような最期でいらっしゃったのではないかと思い浮かべています。

 

◎挽歌《終(つい)の書に》

 住田さんと交わした最後のメールに、「フレー福高、フレー福高、フレーフレーフレー!」の言葉があったそうです。もしかして、ご自分へ送るエールでもあったのかも知れませんね。

 こちらは以前に竹田さんご夫妻について詠った短歌。竹田範弘・和子ご夫妻のことを思うと、二輪草が目に浮かびます。一本の茎に、二輪の花が寄り添うように咲くことから二輪草。その二輪は片方がやや大きかったり、花柄の長さも違ったりして、仲の良いカップルのように見えます。
 それでももしや、長いご夫婦としての歩みの中で、「別の道もあったのでは?」と考えることはなかったのかなと。(特に和子さんの方は、キャリアウーマンとしての輝かしい未来が約束されていたわけですから…)は、余計なお世話の愚問だったようですね。

 

 

 

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