「バリ旅行のことを思い出すと、身体も心も風になっていく」
と、慎一は言った。
「また恋をしたのか!?」と、洋輔がまぜ返した。
「ヴィラはパームツリーの林の中にあって、一番奥には海に面したビーチバーがある。
そこで初めて彼女と出会ったんだ」
慎一は、運ばれてきた淡いピンクのカクテルを見つめながら言った。
「8つのヴィラのうち、日本人は僕たちだけで、二人はすぐに仲良くなった」
「いつものパターンだな」
洋輔は笑いながら、残り少ない水割りを飲み干した。
「バリは神々が宿ると言われる島だ。僕たちも聖なる山グヌン・アグン
の聖水の泉を探して、月明かりの中を歩いた。そして迎えた9月の夜明け。
ハチミツ色の海の向こうに昇った、金色の太陽が忘れられない」
「おいおい、マドリードで出会った娘はどうした? インドの彼女はどうなったんだ?」
「聞いてくれ、今度ばかりは今までと違う、運命の女性なんだ。次に会ったらプロポ・・・」
慎一が言い終わらないうちに、洋輔の席に美しい女性が近づいてきた。
すっかり短くなった秋の陽が落ち、バーに灯がともった。
「紹介しよう。こちらフィアンセの亜沙子さん。今度俺、結婚することにしたんだ、
つい5日前に見合いをしたばかり・・・」
洋輔がクールに言い、隣で彼女が極上の笑顔で「初めまして・・・」と挨拶をした。
「二人とも仕事が忙しいから、慎一みたいに恋愛なんて無駄なことをしている暇が
ないんだよな、彼女も海外出張から帰って来たばかりで・・・」
洋輔が言い、亜沙子がうなずくのが見えた。
「おめでとう」
「お前もそろそろ落ちつけよ。女性なんて、みんな同じだぞ。
ところで、「次に会ったら・・・」の後は何だ?」
「いや何でもない。おまえの言う通りだな、いつも洋輔にはかなわない・・・」
別れぎわ、亜沙子の唇が洋輔に見えないように、
「ゴ・メ・ン・ナ・サ・イ、ア・リ・ガ・ト・ウ」と動くのを、慎一は確認した。
《セプテンバー・モーン》
9月の夜明けという意味のカクテル。ホワイトラム4/5、フレッシュライムジュース1/5、
卵白1個分、グレナデンシロップ適量をシェイクすれば、ピンク色のカクテルの出来上がり。