天使がいるバーで 1200文字のものがたり 第3話

      2018/11/18

 

君はそれで幸せだったの、ナイジェル? と、正樹は問いかけた。

「君は、シロカツオドリのナイジェルのことを知っているかい?」
深い海の色をしたカクテルを飲みながら、叔父が静かに口を開いた。

 

正樹は黙って首を横にふり、話のつづきを促すふりをした。
「久しぶりに飲もうか?」
母の弟である叔父に誘われ、夜景が美しいと評判のバーに連れられてきたのだった。

「どうせまたお説教だよな、いつまで家でぬくぬくしてるんだ? 早く正業につけとか、30にもなって
なぜ彼女の一人も作らないのか?とか…。
また母に懇願されたのだろう。でも、僕はこのままで充分満足だし、彼女を作るなんて面倒だし…」

正樹は心の中で苦笑した。

「叔父のことは好きだけど、話がとっ散らかってしまうんだよな~。一生懸命とか、せっかく生まれてきた
のだから…が口癖で、男なら外に出て闘えとか、世界は広くて夢がいっぱいだ!などと、遠回しに僕の目を
社会に向けさせようとするんだけど・・・」

でもまあ、しばらく話を聞けば叔父も気が済むだろうから、ここは少しのガマンだと正樹は思った。

「ナイジェルは、ニュージーランド沖のマナ島で3年もの間、たった一羽で暮らしていた。
通常は集団で生活をする鳥だから、一羽でその場に留まるのは普通のことではない…」

「おっ!? 今日の話はいつもとようすが違うな。その鳥がどうしたって言うんだろう?」

「ナイジェルは、この島に設置されたコンクリート製の一羽の雌のデコイに恋をしたんだ」
そう言って、叔父はスマホに保存した画像を見せてくれた。

「それは、この島にシロカツオドリを呼びこむために、環境保護団体がコンクリートで
囮のコロニーを設置したものだった」

「ナイジェルはこの中の一羽と恋に落ち、求愛を始めた。海藻や枝を集めて巣作りをし、
彼女のためにせっせと餌を運んだり、交尾をしようとする姿も目撃されたそうだ」

「バカな鳥だな、いい加減で気づけよ。翼があるんだから、本物の相手がいる場所へ飛んで行けばいいのに!」

「どんなに尽くしても相手は冷たく、反応さえしてくれない・・・どんなにか切なかったことだろうなぁ~。
それでもナイジェルは他の雌のデコイには見向きもせず、飛び去ることもなく、
3年間彼女のそばを離れなかったらしい」

「・・・」

「そしてナイジェルは・・・」 ここで少し間合いをおき、叔父はおごそかに言った。
「今年の2月、コンクリートの恋人の隣りに横たわり、死んでいるところを発見されたんだ」

「!」

「皮肉なことに、ナイジェルが死んだすぐあとに、この島に3羽のシロカツオドリが飛来した。
でもそれは、ナイジェルが暮らしていた場所とは逆の、島の裏側だったそうだ」

「!!」

「つまり、俺が何を言いたいかというと・・・」

正樹は抑えられない感情に襲われ、叔父の言葉のつづきを聞かずに立ち上がった。
胸がしめつけられるように苦しかった。

それは漠然とした怒りのようでもあり、哀しみのようでもあり、自分でも理解できない初めての感情だった。
今は早く家に帰って、とりあえず母親を抱きしめたい気持ちだった。

《ブルー・ラグーン》

サンゴ礁の島をイメージしたカクテル。ウォッカ30ml、ブルー・キュラソー10ml、レモン・ジュース20ml
をシェイクして、氷を入れたグラスに注ぐ。オレンジ、レモン、レッド・チェリーなどを飾れば出来上がり。

 

 

 

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