天使がいるバーで 1100文字のものがたり 第4話

      2019/05/01

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Bang bang! 彼は私を撃ちたおしてしまった。

大学3年の秋、気まぐれに出席した学園祭のパーティーで彼と出会った。
退屈なメンバー、おきまりの会話…。そんな中で彼は一人だけ目立っていた。誰にも媚びず、
それでいて優しく、なぜか大きな樹の香りがした。
国境に近いという島から来ていることも、都会育ちの私には新鮮だった。

二人の付き合いは、私が一方的にリードする形で続いた。私の気分、私の都合…。私が誰かに失恋をしたり、何か哀しいことがあったとき、彼はいつも防波堤になってくれた。

私は当時お気に入りだったラブソング「Bang Bang バンバン」にならって、指で作った銃で撃つ真似をして彼をからかった。歌詞とは逆に撃つのはいつも私、倒れるのは彼だった。

Bang bang,he shot me down
Bang bang,I hit the ground
Bang bang,that awful sound
Bang bang,my baby shot me down

そんな関係が逆転する日がやって来た。
「父が亡くなったから、家業の陶窯を継ぐことにした」と、彼は静かに言った。
「もちろん、一緒に来てはくれないよな…」卒業を控えた大学4年の春のことだった。

「冗談でしょ?!」私は震える声を隠しながら、精いっぱいの笑顔で答えた。
彼は約束されていた未来と私の夢を置き去りにして、島に帰っていった。

それからの私は酷い状態だった。本当は「一緒に来てはくれないよな」ではなく、「一緒に来てくれるよな」と言って欲しかったのに…。失ったものの大きさに、ようやく気が付くありさまだった。長いあいだ苦しんだ末に、私は次の春彼の島を訪ねる決心をした。 

彼の工房は山深い村にあった。棚田にはいちめん早咲きの玄海ツツジが咲き乱れ、
あたりを夢のような薄紅色に染めていた。

「島でたった一つ、江戸時代からつづいた窯の火が消えずにすむって、島の人が喜んでくれているんだ」私の募る恋心には気づかず、彼は嬉しそうに言った。
そしてもう一人、彼の帰郷を誰よりも喜んでいるらしい女性が隣りに寄り添っていた。

「ブルームーンを」
海を見晴らすバーに彼と座った私は、人生で初めて、その涙色をしたカクテルをオーダーした。
島からの帰途、本土のテーマパークに滞在して帰るという私を、ちょうど仕事がある彼が送ってきてくれたのだった。

「綺麗な色だね、どんな味がするの?」彼が無邪気にのぞき込んできた。あの頃好きだった彼の大樹のような香りは、今では大きな森のように高まって胸をしめつけた。

突然、「Bang Bang」のメロディが終わった恋の墓標のように、私を包み込んだ。

今度こそは歌詞の通りに…。

Now he's gone I don't know why
To this day sometimes I cry
He didn't even say goodbye
He didn't even take the time to lie

Bang bang,he shot me down
Bang bang,I hit the ground
Bang bang,that awful sound
Bang bang,my baby shot me down

人をこんなにも恋しく、そしてこんなにも遠く感じたのは初めてだった。

 

《ブルームーン》

 

 

 

 

 

ブルームーンは"1カ月のうちに満月が2度見える"という珍しい現象。決してあり得ないことのたとえに使われ、カクテルには「かなわぬ恋」の意味がある。ドライジン30ml、パルフェタムール(バイオレット)15ml、レモンジュース15mlをシェイクしてグラスに注ぐ。

 

 

 

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