博多そして久留米

      2018/12/08

 

  

  toshihisa saitoh 齋藤 利久

 

 子供の頃よりお世話になった知人の葬儀で帰博したが、街中での人の多さには閉口。人口195万の札幌市の三割にすぎない面積の土地に、155万の人口。周辺都市からの人や観光客を入れると、昼間の人口は大変な数だろう。
 とりわけ若者が多く、10代と20代の市内人口は全体の22%超で、政令指定都市の中で最高。リバブル都市世界第12位Fukuokaの所以の一つ。

◆JR久留米駅

◆駅前に立つ巨大なタイヤのモニュメント

◆久留米城址

 そして今や30万都市となった久留米市へ。往時、久留米市は有馬氏の城下町。現在はブリヂストンの企業城下町だが、美術好きの私は、画家の青木繁、坂本繁二郎の出身地としての久留米市という思いが強い。

 

 

 

 

 

◆左:青木繁「海の幸」  右:坂本繁二郎「帽子を持てる女」

 青木、坂本は、藩校が前身の明善校で学んでいる。明善校の後身の明善高校との「親善戦」は五年間開催され、私達は一年時に同校を訪問している。 新聞部に在籍していた私は、同校の新聞部員と交流した。戦後、久留米高女と統合されたため女子生徒が多く、福高とは対照的だった。
 同校の在校生に尋ねると、現在新聞部はないとのこと。福高はというと、部は存在するものの「福高新聞」を発行していないとか。先輩としては残念なことです。

◆明善高校 正門

 

 

 

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