一期一会 住田章夫のここだけの話 君はカラオケで94点を取ったことがあるか
今日は2024年8月19日。台風と炎熱の盆が明け、お湯でも降ってくるのではとの不可解な雲行きは何も天体のみならず、政界をも包んでいる。先号で触れた岸田内閣は「派閥解散」から堰を切ったように崩落の勢い止まらず、遂に後継の座を指名することもなく「総裁辞任」。この際と、派閥相乱れて老若10名近くが捻り鉢巻を絞めだした。となると9月中に臨時国会、首班指名、そして解散。早ければ10月にも総選挙に雪崩れ込む。
一方、野党も夢よ再びと、早くも立憲民主党は泉代表以下、野田元首相ほか6名が身支度し始め、その中に枝野元代表の姿も出てきた。その騒然たる雰囲気に、ちょうど11年前、民主党政権が「三日天下」ならぬ「四年天下」で転げ落ち、その苦汁を味わった当時の彼を思い出した。謂わば「雌伏11年」と言いたい処か。
2014年2月の或る日。埼玉のヒートポンプ給湯機メーカー「サイエンス」桑原社長から電話があった。「住田さん、日曜の晩、空いてますか? 枝野さんが気落ちしてるんで、元気づけようと集まるんだけど」。
4年続いた民主党政権が遂に倒れ、地元後援会としては前経産大臣の復活を期して、新春パーテイ―で励ましてやろうとのこと。枝野氏の出身は栃木県宇都宮だが、日本新党からの政界入りは埼玉5区が割り当てられたので、以後、埼玉代議士として地元に貢献。桑原社長としては公私ともの仲であり、後援会長を買って出た由。
2月17日日曜18:00、処は大宮駅前のナイトクラブ「シルクロード」。会費2万円。「まっ、枝野さんの名刺代と思えば…」。何しろ大宮まで出て来て飲んだことがないので、かなりウロウロして漸く到着。私の到着を待っていたかのように「では皆さ~ん、お集り下さい」。桑原会長挨拶の後、本日の主役、枝野幸男氏の登場。
「今日は私を励ましてくれる会とのことですが、まだまだ元気一杯です。“アベノミクス”とやらのマヤカシとは根本的に違う“エダノミクス”を近々、発表致します」。小柄な身体は元気印そのものであった。
「では乾杯に移ります。音頭は木村工機最高顧問 住田さんにとって頂きます」。
何だよ、いきなりかい。場数だけは踏んでいるので、今更ジローだが、私は桑原氏以外、誰一人知らない。
「いきなりのご指名で些か戸惑っており、励まそうにも私は千葉は柏の住人、肝心の枝野さんに一票の貢献ができません。然しながらエダノミクスにはその倍の応援を約束しましょう。では、エダノミクスに乾杯!」
降壇すると、その枝野氏が握手してきた。「どうも有難うございます」。私を一応の財界人だと思っている様子。
「いやいや頑張って下さい」。適当に話を合わせていると、私の後に2万円の名刺を求める列が出来ている。
慌てて列を譲り、既に赤ら顔の会長に声を掛けた。「桑原さん。ひどいよ、振るなら振るで事前に一言頂戴よ」。
「言おうにも遅れて来たんじゃ言う間もないよ。いやね、私も大変なんだ。この50人の名士から誰に頼める?
それぞれ一端の顔役なんで、人選間違えたら命取りさ。その点、あんたは誰も知らんし、肩書もある。そしてパッと当てても捌いてくれる。ねっ、上手いこと喋ったじゃない」。この返し方、一枚上手で文句も言えない。
やおら名刺交換が済むと、デイナーの始まり。席は枝野氏の隣であった。さすが会長、気を利かせている。
「住田さん。木村工機さんは何の会社ですか?」「空調メーカーですよ。今はゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)の時代ですからね。枝野さんはZEB見たことありますか?」前経産大臣に対し、<ZEB知ってますか?>は失礼。
こういう場合の誘い水は<見たことありますか?である。「政見ではよく喋ってるんですが、実物はまだ・・・」
「じゃ、うちに来ませんか?東京駅前ですよ」「ほぉ」。そこにまた、いろいろと人が入るので、話も中断。
「処で、枝野さんは息抜きは何をやってんですか?」「そうですね、カラオケかな」「そっ、じゃやりましょか。
私は定番がありますからお先に。あと、すぐ入れといて下さいよ」彼に歌集を渡して、ステージに上がった。
私の十八番、北新地と銀座で100点出したことのある『北の漁場』。♬北の~漁場はよ~♬、結果は94点。
終わって席に戻るとまだ探している。ヨシツと決めたのが野口五郎『私鉄沿線』。18の年齢差が選曲に出た。
♬改札口で君のこと~♬、上手い!実に甘い声。そこに三吉秘書が顔を寄せてきた。「実はね、先生は最初、別の歌、入れてたんですがね。それが住田さんが94点も出すもんだから、慌てて十八番に替えたんですよ」。
政界内では人や場に合わせて曲を選ぶらしい。マイペースで自己陶酔する輩とは一線を画しているとのこと。
♬~君はどうしているのかと~♬、点数は94点。プーチンの言う「引き分け」であった。聞けば東北大学時代、グリークラブで活躍したセミプロ。こういう時は「引き分け」の方が後々、話題になってヨロシイ。
「住田さん、昨日はどうも」。翌、月曜朝、三吉秘書からの電話である。「いやいや、こちらこそ。わざわざ」
「処で、うちの先生がお宅にお邪魔すると言ってますが、何かお約束でも?」
「いや、うちに来ないか?て、言っただけで・・・。ほんと?」「こっちが訊いてるんですよ。いつですか?」
こういう時は、気が変わらない内に畳みかけるのが良い。「じゃ、明日ではどうですか?」無茶は重々承知。
「明日は勉強の為、エネ庁政策課長にアポを取ったばっかりで、アツ、拙い。今の話、内緒にして下さいね」。
吃驚した。エネ庁と言えば、エネルギー政策の本家本元である。さすが前経産大臣、そこを訪ねて大課長からZEBの教えを受けてくるというのである。私が説明するのに・・・。いや、そういうことではない。自分が知らない侭、たとえ私にでも無知ではプライドが許さないのであろう。感心なことだ。さすが弁護士出身である。
結局、翌月の調整となり、時間を16:00.もしくは10:00で選ばせた。これは夕食か、昼食に誘う仕掛であるが、先に言うと遠慮される確率が高いので、その魂胆は見せず、決まった後でさりげなく誘うのがコツである。
幸い16:00でかつ,終了後も空いている日があった。日程が決まり、「実は・・・」と三吉秘書が切り出してきた。
ドキツ。一瞬、後援会費を500万円でも・・・と、ねだられるのではと身構えた。が、そうではなかった。
「住田さん。実は・・・、民間企業に行くなど滅多になく、今回の件、外部にはマル秘にして欲しいのですが・・・」
「判りました。社員の家族までに留めます。マスコミが押し寄せたら、そりゃお互い応対に大変ですからね」
「いや、それくらいなら構わないのですが。それに紛れての事故が怖いのです。今回を隠密裡に運んでも、SPは3人は要るでしょう。大臣の時は国の予算でしたし、党の行事でしたら党の予算ですが、今回は・・・」
それ以上聞くのは止めた。幾ら位、掛かるのか興味あったが、聞けば半分でも・・・と言われかねないからだ。
「判りました。何とかしましょう」 電話を切って、即、フロアの皆に声を掛けた。
「課長以上の者、集まってくれ。実は斯く斯く然々で、近々、枝野大臣が来ることになった」 「エエ~ツ!」
「そこでだ。枝野氏の方では事故を怖れているので、このビル内での安全体制で《キムラSP隊》を結成する」。
割り箸のような業務課長には「亀井君。君は写真班をやってくれ」。アンコ型の営業部長には「綿引君。君にはSP隊長を任せる」「えっ、そんな」「いや、君の腹は刺し応えがある。その隙に大臣連れて逃げるから」
そして運命の日、3月15日が来た。かってこの会社にこんな大物が来たことが無い。当日は男性は髪を刈り上げ、一張羅のスーツで、女性は手入れされたヘヤに、念入りのお化粧で出勤。朝からピリツと締まっている。
16:00現われた枝野氏に「いらっしゃいませ~」。元気な掛け声に手を振る前大臣。東京支社長の案内で社内空調設備「大温度差空調・放射整流空調」による年間省エネ▲50.3%の千葉大学川瀬研究室とのZEB実証実験結果を説明。終了後、全社員と集合写真。その際「一言、感想も含めて、うちの社員に激励を」と依頼した。
「今日はZEBの成果をこの目で見させて頂きました。是非我が国に広めて下さい」。当意即妙の挨拶であった。
枝野幸男さん
先週15日金曜はご苦労様でした。2時間もの技術説明、さぞお疲れでしたでしょう。逆にこちらは社員一同モチベーションも上がり、今期末の追い込みに元気が出ております。目標達成できればこれ今回の御利益ですね。さてあまりに沢山のことをお話しした為、ここに改めてポイントだけ列挙しておきますので、時々思い出して下さい。
■「フロン回収破壊法」
①
10年経っても「冷媒不回収7割」とは既に法の体を成していない。その証拠にその間、摘発が僅か2件。COP19のワルシャワに胸張って臨むなら「冷媒配管技能国家認証」「施工適否立入検査実施」の縛りを設け、「フロン税導入により第三者機関からの回収業者への回収費用担保」が必要です。
②
メーカー会の「日冷工」、下請業者会の「日設連」のみ一生懸命やっても、全国10000社の業者を束ねる設備元請の「日空衛」が管理責任を果たさねば実効なし。当事者意識を持って監督させる行政指導が必要です。
③
先般、米国冷凍空調学会「ASHRAE」の会長と懇談の折、米国自身20%程の漏洩実態に「学界の活動のみでは国を動かす力は無く、僅か5%の先進日本から大統領オバマに外圧を掛けて欲しい」と依頼されました。今、我が国に米国から頭を下げて頼まれるような産業がありますか?もっともこっちは漏洩率5%といえど、回収率が3割を切っているという体たらくの話も出来ず「いやいや買被りですよ」と下手な謙遜をさせられましてネ・・・。
■「改正省エネ法」
①
フロン回収法にしても省エネ法にしても違反者摘発ができない構造になっている。法は罰するものではなく、守らせるものであるべき。罰するなら100%検挙する手段を講ずるか、守らせるなら業者の実力に照らした簡便策を講ずべき。当然、法を守らせてこその法治国家であり「皆で渡れば怖くない」と法律を蔑ろにさせてはならない。
②
施行後10年間での検挙数2件の不面目を恥じ、本来払うべきユーザーから回収費用を徴収し、それをRRC(冷媒回収センター)のような第3者機関に預けて、業者の回収量に応じて還元するという「北欧方式」を導入すべき。
■「ビル管理法」
ビルにおける環境衛生、特に空気環境の管理が10年前に大幅改正されたのに、これも上述同様、摘発実績うすく、掛け声倒れ。ましてや管轄省庁が分れていることから相補的な規制もない。「湿度40%以上を守らせる環境保全」があっての省エネであるべきで、今のままではシックビル助長の≪衛生環境破壊≫となる。
■これからの建築設備業界
20年も続く平成不況に、需要の8割はリニューアル。こういう時、メーカーは買い替えやすい廉価品開発に特化。ビル、また地域全体の省エネ・省資源を図るなどお構いなし。如何に都市全体の高付加価値を追求するか、今こそ建築設備産業の指針を打ち出さねば。国交省では社会保険未加入・工事品質低下の問題に対して、労務費改善・法定福利費確保を図ることを発表。同じ建設業界で国交省が出来て、なぜ経産省・環境省が同軌化できないのか。
我が国では「ゼネコン」は「建設会社」となっていますが、海外では「General Contractor(元請け)」の文字通り、設計事務所でも設備業者でも総括契約をします。私もタイで2年間「設備ゼネコン」の社長をやってきましたので、何れ日本もその事業形態が一般化してくるでしょう。いつでも応援しますので声を掛けて下さい。
住田章夫拝。
11年前のレターを読み返し、情熱溢れる自分の健気さと、ちっとも改善されてない我が国の体たらくさに、複雑な思いで灼熱の太陽を仰いでいる今日この頃である。
完