ベルギー点描① ベルギー北西部・ブルージュ、ゲント

      2020/06/15

 

 

 

魅せられて5度の訪問  1)北西部フランドル地方 

 ドイツ、オランダ、フランス、ルクセンブルクの4つの国と国境を接し、ドーバー海峡によってイギリスと通じるベルギー王国は、古くから「ヨーロッパの十字路」、「ヨーロッパの心臓」と呼ばれている。九州よりやや狭い国土に1142万人が暮らす。フランドル(オランダ語)とワロン(フランス語)の2民族が、言語戦争と呼ばれる対立を繰り返しながらも、2つの文化を調和させ、現在の豊かで安定したベルギーを築き上げてきた。

 首都ブリュセルは、EU本部やNATOなどの機関が集まるヨーロッパきっての国際都市。地理的な条件もあるが、ベルギーがヨーロッパの2大民族、ゲルマンとラテンの融合した国であることが大きい。
 ベルギーは長い間、列強の戦いに翻弄され、複雑な歴史をたどる。13世紀にハンザ同盟の都市ブルージュが繁栄。15世紀後半に港が泥で埋まってからはアントワープが台頭し、今に続く各都市が発展する。1815年オランダ王国に組み込まれたが、1830年に独立。
 公用語はオランダ語、フランス語、ドイツ語の3ヶ国語だが、英語はどこでも通じる。

 2008年、2009年、2012年に前後5回に亘ってベルギーを訪れた。春、夏、秋、冬、季節ごとに魅力あふれる美しい町々を巡り、美食を堪能した。これから何回かに分けてその思い出を綴っていきたい。初回は北西部のフランドル地方を巡る。

 

  【ブルージュ】

 

◈50を超える橋が架かる水の都――ブルージュ 

 多くの観光客が訪れるブルージュは、13~14世紀にハンザ同盟の主要都市として、またヨーロッパの貿易拠点として栄える。15世紀になって北海と結ぶ運河が沈泥で浅くなり、船の航行ができなくなって衰退、都市の機能まで喪失する。それが幸いして「天井のない美術館」といわれる中世の街並みがそのまま残り、世界遺産に登録されている。
 Brugge(ブルージュ)とは「橋」の意。北のベネツィアとも呼ばれ、ベルギー屈指の美しさをもつ水の都。街を縦横に流れる運河には50を超える橋が架かっている。

 2008年7月11日朝9時半近く、宿泊ホテル最寄りのブリュセル北駅を出発。北海に臨むクノック行きの急行は、2階建てのきれいな車両。ほどなく地下の中央駅から地上に出て、巨大な最高裁判所を車窓に見る。茶色やオレンジ色の屋根が続くベルギー首都の風景は、オランダとはまた違った趣がある。大きなシェパードが飼い主の横の床に大人しく伏せている。ゲントを経て、10時半北海の河口の町ブルージュに到着。1時間の旅。

◆ブルージュ駅

◆ブルージュの街並み スライドショー(6枚)

◈美しい娘ミンナと敵兵の悲恋物語が伝わる―愛の湖公園 

 地図を頼りに愛の湖公園へ。ブルージュの内港だった区域を運河と水門で区切り公園とした。木々の緑を映す鏡のように静かな湖面には、白鳥が優雅な姿を浮かべている。

◆愛の湖公園

◈オードリー・ヘップバーン主演「尼僧物語」のロケ地―べギン会修道院 

 湖に沿って美しい森を進むとやがて左手に、静寂に包まれてひっそり佇むベギン会修道院が現れる。青い空、緑の樹々、真っ白な建物。まるで絵の中に足を踏み入れたような感覚に陥る。1245年フランドル伯爵夫人マーガレットにより建設された。1928年に絶えたが、1930年からベネディクト派の修道院となり、現在に至っている。

 修道女たちは、自然に囲まれ、中世の時代と変わらぬ静かな祈りの生活を送っている。かつてのベギン会修道女たちは、運河の水で羊毛を洗い、織物やレースを編んで生活用品を自給していた。修道院入り口の横に博物館があり、当時の修道女たちの生活を偲ぶことが出来る。

◆ベギン会修道院 スライドショー(11枚)

◈ミケランジェロ「聖母子像」―聖母教会 

 アーレンツ美術館の中庭で小雨が降り始める。間近に聖母教会のレンガの塔が望める。13~15世紀に建てられた聖母教会は、何度も改修が加えられ様々な建築様式が混在している。高さ122mの塔は独特な形で、塔の街ブルージュにふさわしい気品をもつ。内部にはミケランジェロの傑作「聖母子像」の彫刻があり、これを目的に訪れる人も多い。

◆聖母教会のレンガの塔

◆ブルージュの街並みと聖母教会の塔

◆ミケランジェロの聖母子像

◆聖母教会の内部

 運河に沿って並ぶ邸宅のひとつクルーニング美術館へ。ヨーロッパを代表する美術館のひとつで、15世紀初期のフランドル絵画、16世紀ブルージュのルネサンス、ボッシュなどの粒よりの作品を展示している。初期フランドル派のファン・アイクの作品が有名。私も妻もキリスト教の知識が浅いせいか、宗教画にはあまり興味がない。処刑場面や首を切り落とす絵が多いこともある。ただ肖像画の衣裳の精緻な表現には感心する。

◆クルーニング美術館

◈ギルドハウスが建ち並ぶマルクト広場 

 マルクト広場のベンチに座り、屋台で買ったチキンバーガーを食べる。雨は止んでいる。現地のおじさんが隣に腰かけ、「こんにちは~」と親しげに日本語で話しかけてくる。

 ブルージュの華麗な歴史を今に伝えるマルクト広場は、世界遺産に登録された旧市街の中心にあり、ヨーロッパでも5本の指に入る美しい広場。北側と西側にはかつてギルドハウスだった切妻屋根をもつ建物群が連なり、レストランやカフェ、土産物屋、銀行として営業している。

 南側にはブルージュのシンボルの鐘楼、東には19世紀に建てられたネオゴシック様式の荘厳な州庁舎と郵便局が建っている。観光客を乗せた馬車が石畳の路面に蹄の音を響かせて、行き交う。

◆マルクト広場北と西側のギルドハウス

◆州庁舎と郵便局

◈88mの鐘楼からブルージュの街を一望 

 美しい建物が並ぶマルクト広場でもひときわ目立つ世界遺産の塔は、13~15世紀末の建設。5ユーロ(860円)を払い、重い荷を背負って366段の石の螺旋階段を登る。88mの頂上から見るブルージュの街とフランドル平原のパノラマは絶景。強い風に汗も引っ込む。47個の鐘が組まれたカリヨン(組み鐘)の音色は、ヨーロッパでも折り紙付き。15分毎に鳴り響く。

◆(左)マルクト広場に建つ鐘楼、(右) 鐘楼から見るブルージュの街とフランドル平原の眺め

 鐘楼のすぐ近く、ブルグ広場の南西角にバジリック聖血礼拝堂がある。12世紀に十字軍に参加したフランドル伯のダルザスがコンスタンチノープルから持ち帰った「聖血の遺物」が奥の祭壇に納められている。隣接して立つ市庁舎は、1376年から1420年にかけてブルゴーニュ公国の中央政庁として建てられた。ブルージュが最も繁栄した時代を物語る建物で、ベルギーで最も古い市庁舎のひとつ。多くの部分は19世紀に改築されている。

◆(左) バジリック聖血礼拝堂、(右) バジリック聖血礼拝堂 内部

◆市庁舎

◈ブルージュ観光のハイライト―運河クルーズ 

 3時半、運河クルーズのボートは私たち2人が乗って満席となり、出発。乗り場は旧市
街5カ所に点在し、3~11月は毎日運航している。狭い町なので、30分もあれば一巡りできる。様々な橋をくぐり抜け、ひっきりなしに他のボートとすれ違う。ブルージュ観光のハイライト。どのボートも満杯の人を乗せている。水面から見上げる古都もまた風情がある。

◆運河クルーズ スライドショー(8枚)

◈アンティークレースの精緻な技術に目を瞠る 

 4時20分、かつての救貧院の建物を修復したレースセンターへ。16世紀に最盛期を迎えたフランドル地方のレース技術の伝承を目的に作られた。アンティークなレースが展示された博物館と、レース編みを教える市民講座の教室がある。300~700もの錘を駆使する伝統のボビンレース作りを見学できる。7~80歳のおばあさんたちが手際よく細密なレースを編んでいて驚く。

◆(左) レースセンター、(右) アンティーク・レース

◆レース編み市民講座

 5時前、旧市街にある運河沿いのホテルにチェックイン。一休みして、近くのカルフールで水とラズベリーを買って、レストランへ。スープ、サラダ、ポテト、ステーキ、アイスクリームの夕食。330㎖のベルギービール、3.5ユーロ(600円)が乾いた喉に実に美味しく、2杯飲む。料理もまた美味しく満足。

◆ブルージュの夕食のレストラン

 2日目、ホテルのレストランは閑散としていて、ゆっくり朝食を楽しむ。

◆ブルージュのホテルの朝食

◆ブルージュのホテル前の運河と跳ね橋

◈蒸気船ラム・グッドザック号で隣り町「ダム」へ 

 9時半近くに出発。運河に沿って歩く。寒い。地図より大分離れた所にDamme(ダム)行きの乗船場があった。

 往復7ユーロ(1200円)。10時出発。鴨の泳ぐのどかな運河を蒸気船ラム・グッドザック号が進む。ほぼ直線、両岸の堤には大きな並木が続く。乗客はフランス人の夫婦と4人のみ。夫人が声をかけてきて、デッキで運河をバックにお互いの写真を撮り合う。両側の牧場や畑地の眺めを楽しむ。ブルージュやアムステルダムの街中のクルーズと違って、田園地帯のクルーズもまた趣がある。30分で到着。

◆(左) 蒸気船ラム・グッドザッグ号、(右) フランス人夫人に撮ってもらった写真

◆ブルージュからダムに通じる運河 スライドショー(6枚)

 小さな町Dammeはブルージュの北東7kmに位置し、12~13世紀にブルージュの外港として栄えた。13世紀末から土砂が運河に溜まり始め、繁栄は長くは続かなかった。街の中心マルクト広場に立つ15世紀建設のゴシック様式の市庁舎と、1249年に建てられた聖ヨハネ施療院博物館、聖母教会を見て、11時の復路の船に乗る。客は2人だけ。

◆(左) ダム市庁舎、(中) ダムの聖母教会、(右) ダムからブルージュに戻る

 ブルージュに戻って、バスでマルクト広場へ。ベルギーはフライドポテト発祥の地。老いも若きも昼食に、小腹がすいたときにとよく食べている。どこでも屋台で紙パックに入れて大・中・小のサイズで売っている。美味しいが、食事替わりにフライドポテトだけというのには抵抗を感じる。

◆夕方のマルクト広場と鐘楼

 広場から駅に戻る道すがら、屋根のない美術館と言われる街の風景、佇まいを楽しみ、チョコレートの店やレース編みの店を覗く。気に入ったティーカップと皿のセットを見つけて購入。27ユーロ(4600円)。メムリンク美術館前を通る。1188年に建てられた聖ヨハネ施療院の建物の一部をそのまま利用した美術館。ドイツ出身の宗教画家メムリンクの代表作品を中心に展示している。「ウルスラの聖遺物」で名高い。隣接する修道院には17世紀の薬局がある。

◆(左) マルクト広場で客待ちする観光馬車、(右)運河沿いの広場で開かれている骨董市

 ダイヤモンド博物館へ。受付の青年がネイティブかと思うくらい上手な日本語で話しかけてきて驚く。去年1年間愛知県岡崎市に留学していたという。ダイヤモンド研磨の実演を見学。

◆ダイヤモンド博物館

◈危機一髪!詐欺の手を逃れて「ほっ!」 

 ベギン会修道院前から愛の湖公園をゆっくり散策していたら、現地の人にビデオ撮影を頼まれる。別に怪しい感じもせず引き受ける。あれこれやり取りしていたら、ポリスの文字を背にした背の高い男性が2人近寄って来た。身分証を示し、パスポートを見せろという。3人組の詐欺師? ピント来て、妻と2人、サッとその場を離れる。危なかった。現場から遠く離れたベンチに腰かけ、湖を眺めながらサンドイッチの昼食。固い大きなパンにハムや野菜がはさんであり、なかなか美味しい。ボリュームもたっぷり。

 ブルージュから娘一家が住むオランダのティルブルク・レーソフまで29ユーロ(5000円)。アントワープ行きの急行を待つ間、1.5ユーロ(260円)のコーヒーを飲みながら駅を行き交う人々を眺める。土曜日とあって街も駅も多くの観光客で溢れている。列車で通路を挟んだ隣の席に、若い女性の3人連れが来る。お菓子を食べながら大音量でラジオの音楽を聴いている。うるさくて遠くの席に移動する。乗り換えのアントワープで、時刻表が変更になっていてあわてる。走って間に合った列車は各駅停車。畑の中の小さな駅にものんびり停車し、来るときの2倍の時間がかかってしまった。

 ブルージュには、5月の新緑の季節、12月のクリスマスの時期にも訪れている。

 

  【ゲント】

 

◈アカデミックな香り漂う大学都市――ゲント 

 スヘルデ川とレイエ川の合流点に開けたゲントは、北海へつながる内陸港があり、中世以来ブルージュのライバルとして繁栄した。神聖ローマ皇帝カール5世が生まれた街で、16世紀には彼の庇護の元に黄金時代を迎える。織物業で栄え、ヨーロッパではパリに次ぐ大都市となった。現在は東フランドル州の州都として、ベルギー有数の近代産業都市に生まれ変わっている。「花の都」と呼ばれ、アカデミックな匂いのする大学都市でもある。交易ギルドが活躍した頃のギルドハウスが建ち並び、中世の面影が色濃く残っている。

 ゲントを訪れたのは、2009年5月12日。娘に車でアントワープまで送ってもらい、11時の列車に乗る。40分でゲント・ダンポート着。8.6ユーロ(1200円)。晴れて15℃。寒い。ガイドブックの地図を頼りに旧市街へ。丁度昼時となり、カフェレストラン「アグレア」へ。日本語のメニューがある。ベジタリアン・パスタは、2人でシェアしても十分な量。思いの外美味しく、満足。コーヒーと合わせても2人で14.2ユーロ。(2000円)

◆カフェレストラン「アグレア」で昼食

◈12枚の大祭壇画「神秘の仔羊」に瞠目―聖バーフ大聖堂 

 1時、ゲントのほぼ中央にそびえる聖バーフ大聖堂へ。カール5世が洗礼を受けた格式ある大聖堂。12世紀に建設が始まり、16世紀に完成した。内部はロマネスク様式、ブラバント・ゴシック様式などが混在している。

 ゲントの栄光を象徴する15世紀フランドル絵画の最高傑作、ファン・アイク兄弟作の「神秘の仔羊」を、日本語音声ガイドを聴きながら鑑賞。上下二層に分かれ、11枚の独立した絵画から構成される大祭壇画で、下層中央に黙示録の「神秘の仔羊」が描かれている。

◆神秘の仔羊

 諸聖人による神秘の仔羊の礼拝と、全人類の魂の救済を描いたこの作品には、なごみの光に満ちた清澄な世界が描き出されている。現在は上下層が結合し、全体の構成は三連画になっている。日本人の若い女性が1人、熱心に見入っていた。門外不出のためここに来なければ観ることができない。

 他にもワッセンボブの「キリスト磔刑」(1464)やルーベンスの「聖バーフの修道院入門」など数々の絵画が収蔵され、「真理の説教壇」(1741)などの彫刻、12世紀ロマネスク様式の礼拝堂がある。大聖堂の東側の広場には、ファン・アイク兄弟が人々の賞賛を受けている様子を表した銅像がある。

◆聖バーフ大聖堂

◆大勢の信奉者に囲まれたファン・アイク兄弟の像

◆聖バーフ大聖堂内部 スライドショー(7枚)

 2時40分、鐘楼へ。兵士を招集する場として、またゲント市民の自治のシンボル、ギルド繁栄の象徴として、1300年頃に建てられた。高さ91m。16世紀には44個の本格的なカリヨンが備えられ、今も美しい音色を響かせている。エレベーターと階段で頂上に登る。ゲントの街の素晴らしい眺めが一望できる。

◆バーフ広場と鐘楼

◆鐘楼

 広場を隔てた西側に聖ニコラス教会を見る。13世紀の建造で、スヘルデ川流域のゴシック建築を代表する建物。トランセプトの十字を強調する塔を中心に、直線と曲線が美しく調和している。聖ニコラスは漁師と船乗りの守護聖人。社会見学の子供たちで賑やか。東側には1425年建造の繊維ホールがある。毛織物の取引が盛んに行われていた。

◆(左) 鐘楼から聖バーフ大聖堂を見る (右) 鐘楼からの眺め

◆聖ニコラス教会内部

◆鐘楼から見た聖ニコラス教会

◈聖ミヒャエル橋 

 レイエ川に架かる1909年完成の聖ミヒャエル橋へ。石造りのアーチ橋で、中央に聖ミヒャエルのブロンズ像が立つ街灯がある。聖バーフ大聖堂、鐘楼、聖ニコラス教会の3つの塔やグラスレイ、コーンレイの建物群が見渡せる最高のビューポイント。

◆(左)聖ミヒャエル橋の聖ミヒャエル像 (右)精肉市場跡

 17世紀建造の旧魚市場や15世紀初頭に造られた旧肉市場、フランドル伯居城を見て回る。居城はバイキングの侵入に対抗するため848年頃に建てられた城砦が起源。老紳士が、グラスレイをバックに写真を撮りましょうと声をかけてきた。妻と2人好意に甘える。

◆(左) フランドル伯居城、(中)(右) ゲントの街並み

◆(左) グラスレイをバックに撮ってもらった写真、(右) グラスレイのギルド

 商人たちの富と力を象徴する壮麗なギルドハウスが建ち並ぶグラスレイは、昔は港だった。自由船員組合や小麦計量検査官のギルドハウス、穀物倉庫などが連なる。レイエ川の対岸にあるのがコーンレイ。非自由船員組合のギルド、元ビール醸造所など様々な建築様式のギルドハウスが並ぶ。

 帰途は、ポリスマンに教えてもらったトラムに乗って、2km離れたゲント・セント・ピータース駅へ。急行に乗ったが、のろのろ運転で通常35分のところ2倍の時間がかかってブリュセル着。5時半、グランプラス近くの宿泊先ホテルへ。

ベルギー点描2へ続く

 

 

 

 - コラムの広場