どうなる? 新型コロナウイルスとワクチン開発

      2020/10/21

 

 2019年12月に中国武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、瞬く間に世界中に拡大し、感染者千万名以上、死者50万名以上を超え、今なお感染を拡大して終息する気配が全く見えない。

◆新型コロナウイルス感染者数 朝日新聞社(7月5日午後9時現在)

 このために、多数の同窓生が楽しみにしていた今年11月の奈良・京都への「Back To ザ 修学旅行 Part2」は、●ワクチンや治療薬がまだ存在しない  ●参加者のほぼ全員が後期高齢者である  ●この秋は、第二波の発生が懸念される時期である  等々の理由により、誠に残念ながら来年以降に延期することとなった。

 そこで、「修学旅行」世話人の一人として、また製薬会社研究所勤務OBとして、新型コロナウイルスのワクチンおよび治療薬の開発状況を鋭意フォローし、出来るだけ早い旅行実施の可能性を探ってきたので、その概要を紹介して旅行実施判断の参考に供したい。

日本でワクチンを販売している会社は10社のみ

 ワクチン等は国内のどの製薬会社でも製造・販売していると思いがちだが、日本ワクチン産業協会(2019年4月)によると、現時点で製造・販売している会社は、6社(武田薬品、第一三共、KMB、阪大微研会、デンカ生研、日本BCG)、輸入・販売している会社は、4社(MSD、サノフィ、ファイザー、GSK)の合計10社のみであり、ワクチン等の製造・販売を行っている会社は意外に少なく、また予想外に大手の製薬会社が少ないことが分かる。

 このうちの武田薬品については、山口県の光工場で生産されているが、光工場でのワクチン等の製造には驚くべき歴史的な背景があるので、まずはここで紹介しておきたい。

やせ細った馬の思い出――武田薬品のワクチン等製造工場

 武田薬品のワクチン等製造工場は、山口県の瀬戸内海に面した風光明媚な光市にある光工場である。

◆武田薬品・光工場・ワクチンキット製造ライン

 1970年に入社してすぐの新入社員研修で光工場に見学に行った際に、とぼとぼと歩いている、ガリガリに痩せ細った馬を見て、サラブレッドのような競走馬とのあまりの違いに驚いたことがあった。実はこの馬がワクチン等の製造と関係していたことを知ったのは、1985年に光工場・技術部勤務となってから。ワクチン等の製造を担当している生物製剤部の同期の友人から、この馬はジフテリア等の毒素に対するワクチン:抗毒素(トキソイド)を作るための馬で、かつては競走馬として活躍しその役目を終えた馬であることを聞かされ、深く胸に残ったものである。

 実はこの工場の成り立ちには、次に記す第二次世界大戦中の「光海軍工廠」との深い関係があったのである。

終戦前日の爆撃で壊滅した光海軍工廠

 「光海軍工廠」は山口県光市におかれ、昭和20年初めには、数百万m2もの巨大な敷地に、従業員3万人、学徒動員6,500人が働き、鋼材から兵器迄を一貫生産しており、終戦近くには人間魚雷「回天」の基地にもなった工廠である。旧工廠の前の現在国道188号線として使われている幅20mの光井から室積に至る約2kmの直線区間は、実は非常用の滑走路として使用することを想定して作られた道路であった。

 しかしなんということか、終戦の前日(昭和20年8月14日)12時20分頃から40分間の、B29爆撃機157機の編隊による絨毯爆撃で、施設の約70%が破壊され、軍人51人、軍属554人、動員学徒133人の合計738人もの尊い命が失われて工廠は壊滅した。そのことを知ったとき「日本はすでに無条件降伏を受諾しており、大勢は決していたにもかかわらず、なぜ米軍は爆撃を行ったのか?!」と、恨みを込めた疑問の念を抑えることができなかった。

◆元 光海軍工廠

 

 

◆現 武田薬品光工場

 壊滅した光海軍工廠は、戦後2分割され、西側は、戦後復旧のための鉄鋼等を生産する現・日本製鉄㈱に、東側は、当時流行していた「発疹チフス」などの感染症のワクチンを製造するために、現・武田薬品工業㈱に払い下げられ、昭和21年5月から、武田薬品・光工場として、広大な敷地の一角でワクチン製造が開始された。

 武田薬品・光工場の敷地面積は969,644m2(東京ドームの約20個分)もあるほどの広大な敷地で、現在は武田薬品の主力工場として薬品製造の拠点となっている。

◆武田薬品光工場の正門(奥の白い建物は、旧光海軍工廠本部庁舎で
あり、2013年に建て替えられる迄は、ワクチン等を製造していた
生物製剤部が使用)

◆製造された発疹チフスのワクチン

新薬開発の流れ

 ところで、ワクチンや治療薬などの新しく開発中の薬が使用できるようになるまでには、下記に示すように薬の種(タネ)となる新しい化合物の発見から患者の手元に届くまで、一般的には、十数年の長い年月を要し、またかかる費用も数百億円から数千億円にまで達する。後述するワクチンや治療薬の開発状況を纏めた資料の理解のために、その流れを紹介しておく。

 中でも、臨床試験(治験)のステージ【第Ⅰ相試験(P1、少数の健康な人が対象)、第Ⅱ相試験(P2、少数の患者が対象)、第Ⅲ相試験(P3、多数の患者が対象)】が、その薬の開発状況を端的に表していると思って頂きたい。第Ⅲ相まで進んでいても、多数の患者による試験で長期間の安全性に問題が出てきたりするので、このステージで落ちてしまう薬が殆どであり、新薬として承認・発売されるものはほんの僅かである。

 治療薬に関しては上記の状況から、他の病気に対する効能を持つ薬として既に承認されているものを、COVID-19に転用する方向で検討されているケースが多い。しかし、ワクチンに関しては、この安全性に関する問題は比較的小さいために、新しい技術を使って新規に開発されているものが多い。但しその場合でも似たような病気(MERS)での開発実績がある企業のほうが、断然有利であることは言うまでもない。

◆新薬ができるまで

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)・ワクチン開発の概況

 ウイルス、細菌などの病原体が体の中に入って起こる病気を「感染症」というが、人間が本来持っている「病原体に対する抵抗力(免疫)」のシステム(免疫系)を利用して、様々な感染症に対する「免疫」をあらかじめつくっておく薬が、ワクチンである。

 ワクチンの実例として有名なのは、ジェンナーによる「種痘」の例である。即ち、乳搾りの女性は「命を落とす恐れのない牛の天然痘=牛痘」には罹るが、人には致死的な「天然痘」には罹らないという話にヒントを受けたジェンナーの研究により、牛痘に罹った人のウミを、天然痘に罹ったことのない人へ注射する「種痘=弱毒天然痘ワクチンの接種」としてジェンナーの近親者に接種されて以来世界中に広まり、殆ど全ての人に接種され、1980年にはついに「天然痘」の撲滅宣言が出される迄に至ったことは有名な話である。

 同様な効果を持つ新型コロナウイルスワクチンの開発状況は、全世界最大の関心事であることから、多数報道されているが、2020年7月2日の「報道ステーション」で、開発の現状が手際よく纏めて報道されていたので、その概要を紹介しておく。

 その報道よると、WHOのまとめでは、世界中で149件のワクチンが開発中であり、このうち現時点でヒトの治験にまで進んでいるのは17件とのことである。

 また、国際製薬団体協会・幹部の発言として、「ワクチンの成功率は10%程度であり、世界中にワクチンを行き渉らせるには、5~6種類の異なるワクチン、150億本のワクチンが必要となるので、2024年にならないとワクチンは行き渉らせることはできないであろう」とのことである。

 さらには、米ソが激しく対立していた時代でも、命に係わるワクチンに関しては国際協調して開発していたのに、協調性が皆無で他国を支配することのみに熱心な中国が、ヘルス・シルクロード構想とやらを掲げてワクチンを支配手段とするワクチン外交を進めようとしている点は、今後懸念すべき点であるとの指摘もなされていた。

※使用している略号は下記の通りである。

 ・SARS:重症急性呼吸器症候群:2002年11月~3年7月に流行、感染者数8,000名
   2002年11月に中国広東省で発生したSARSが、北半球のインド以東のアジアやカナダを
   中心に感染拡大したものの、32の地域と国で、8,000人が罹患して、2003年7月に
   終息した。
 ・MERS:中東呼吸器症候群:2012年9月~2019年11月末で、感染者2,494名、死者858名
 ・COVID-19:新型コロナウイルス感染症:Corona Virus Infectious Disease 2019の略
 ・SARS-CoV-2:COVID-19の原因ウイルス;SARSの原因ウイルスに似たコロナウイルス

 さて、今後修学旅行実施可否の肝となる「ワクチンや治療薬の開発状況」については、製薬業界の動向を纏めた「Answers News」に掲載されていた「新型コロナウイルス 治療薬・ワクチンの開発動向まとめ【COVID-19】(毎週金曜日にUPDATE)」を紹介しておくので、開発動向の個々の詳細についてはこの記事を参照して頂きたい。

ワクチンの開発動向

 ワクチン開発に関して筆者が注目するトピックスは、下記の通りである。

① 英国:オックスフォード大学/英アストラゼネカ

 弱毒化アデノウイルスベクターに、SARS-CoV-2がヒト細胞へ感染する際の足掛かりとなるスパイクタンパク質(S)遺伝子を導入した組換えワクチンであり、接種後に体内で(S)が発現して、(S)に対する中和抗体などが誘導されると期待、4月にP1試験、5月から6月にかけてP2/P3試験として投与中。

 解析に必要な感染者数の確保は、ウイルス伝搬力の強さにより異なり、高ければ数か月で十分なデータを収集可能だが、低ければ最長6か月と予測、感染者との直接接触機会が多い医療従事者を優先的に被験者として登録し、できるだけ速やかに有効性データの取得に努めるとのこと。

 MERS(中東呼吸器症候群)に対しても、同様なワクチンを開発して、現在はMERSの感染が認められるサウジアラビアにおいて、P2試験を実施中であることからも分かるように、このワクチンは似たようなワクチンの開発実績に裏付けられおり、しかも、英国製薬大手のアストロゼネカ社と組んで、工業規模のワクチン製造を目指しており、いの一番の成功例になりそうなワクチンである。

 なお、米国からは1,200億円の資金提供で、米国民(3億人)全てが1回接種可能な3億回分のワクチンを提供予定とのこと。即ち400円/回のワクチンの原価(無利益)で提供するとのことであり、英国民(7000万人)へは1億回分を提供する予定で、最終的には20億回分の生産を考えているとのこと。

 日本もこのワクチンの確保を交渉中で来春中にも接種可能としたいとの菅官房長官の報道発表もあり、その際には、日本でのワクチン製造販売の実績があるKMB(KMバイオロジクス)での製剤化も検討中とのことである。

② 米国:モデルナ社

 抗原たんぱく質を発現するmRNAを投与するmRNAワクチン。P1試験では、容量を選定、P2試験では、350名を対象に、安全性、反応原性、免疫原性を評価、12か月観察中、7月からプラセボを対照とした3万人のP3試験を開始。p3試験用の必要量は整っており、P3試験と並行して5億回分製造予定で、2021年には10億回分製造へと拡大予定。

 この方法は、mRNAが生体内で不安定であり、ワクチンとしての歴史が浅く知見が少ない、臨床での認可例はない、などのリスク懸念がある。

③ 日本:アンジェス社/阪大/タカラバイオ社等

 阪大の基礎研究を基に遺伝子医薬の開発と実用化を目指して1999年に設立されたアンジェス社が、大阪府のバックアップを受けて、産官学共同で開発中のワクチンである。

 SARS-CoV-2のスパイク(S)タンパク質を発現するプラスミドDNA を投与するワクチンで、6月30日から大阪市立大学病院で、30名を対象に、P1/P2試験を開始、年内に100万人分を生産予定。ワクチン製造担当はタカラバイオ社であり、AGC Biologics 社とシオノギファーマ社とが中間体の分担製造で、Cytiva社が精製用資材の優先的な供給で協力体制を組むとのことである。10億回分などの商業的な大量生産を可能とするためには、そのノウハウを持った巨大製薬会社と共同体制を組めるか否かが鍵となるであろう。

 このDNAワクチンは、素早く設計可能、家畜で実⽤化例がある、経済的に⾮常に安価、などのメリットがあるが、臨床での認可例はない等がデメリットである。

④ 日本:KMB社(KMバイオロジクス社)

 ベロ細胞で増殖させたSARS-CoV-2ウイルスの不活化に成功し、不活化ワクチンを使用して動物実験中。KMBは不活化ワクチンの日本での製造実績も多数有しており、意外と早く商業化されるかもしれない。

治療薬の開発動向

 開発中の治療薬の詳細は「纏め記事」に譲るとして、トピックスとして、ここではTV報道されているものも多いが、下記3件を紹介しておく。

① レムデシベル(商品名:ベクルビー)

 現在、日本でCOVID-19の治療薬として承認されている薬剤は、「レムデシベル」のみであり、米国FDAの重症入院患者を対象とした緊急使用許可を受けて、厚労省が特例承認したものである。
 米国FDAの緊急使用許可を受けての特例承認などという訳のわからない手段を取らずに、「日本でも医師主導の治験結果などを参考に、主体的に緊急使用許可を与えれば、死なずに済んだ患者が多数存在するのでは?」と思うのはゲスの勘繰りだろうか‥・?

② ファビピラビル(商品名:アビガン)

 また、富士フィルム・富山化学が、当初新型インフルエンザワクチンとして開発したものの、動物実験で催奇形性が認められるため使用が控えられ、緊急時の新型インフルエンザ流行用として備蓄されていた「ファビピラビル」(アビガン)は、効果があったとの報道例が多いが、現在2158人の患者によるP3試験が実施中であり、中間報告がなされているが、軽症患者に投与された場合にはほとんど回復しているが、重症患者では治療経過が思わしくないことが多いことが読み取れる、等と歯切れの悪い途中経過が報告されているが、これについては、対象を軽症患者に限定することで、正式承認されるのは時間の問題と思われる。

③ 高度免疫グロブリン製剤(武田薬品)

 なお、武田薬品は、2009年に発生した重度のH1N1豚インフルエンザの急性呼吸器感染症治療での実績がある血漿分画製剤(高度免疫グロブリン製剤(H-Ig))をCOVID-19にも応用するとして、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)や他の血液製剤企業10社と協力して、COVID-19回復患者の血液から分画した高度免疫グロブリン製剤(H-Ig)を治療薬として開発中とのことである。
 COVID-19から回復した患者の血液が原料であるため、成否は血液の供給が果たして安定して得られるか否かにかかっているものと思われるが、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)が絡んでいるので、意外とすんなりと行く可能性もある。

まとめ

 以上の結果から判断すると、延期となった「修学旅行」の実施は、余裕を持ってみるならば、ワクチンが国民の殆どに行き渉るであろう2024年以降の実施が妥当と考えられる。
 しかしあと4年後ともなると、皆の年齢は80歳に近くなり自身の生存も危うい状況となるので、それを避けるために、既存の薬剤を活用した治療方法が確立されると思われる来年以降にでも、第2波の状況等を考慮しつつ、感染リスクのより少ない、小グループでの修学旅行を企画するのも一案であろう。

- 以上 -

 

 

 

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