いつからか銀翼に恋して Vol.11 憧れのハワイ空路

      2020/05/17

 

「最終判断」を委ねられる機長の責任

 機長として飛び始めて実感したこと。それは、副操縦士としての経験がどんなに長くても得られない何かがある。運航のすべてにおいて最終判断を委ねられている責務の重さ、そして充実感、まさに一線を越えたということでした。エアラインパイロットとしての運航能力は飛躍的に向上したと思います。

高度33000フィートでエンジン停止!

 一年ほど国内線に従事しましたが、昇格して4か月たったころのことでした。那覇空港を離陸して飛行高度33000ft(10000m)で羽田に向かう途上、一番エンジンのオイルが急激に漏れだしエンジンを停止せざるを得なくなりました。

◆沖永良部島上空

 場所は沖永良部島北東120nm (222km)の太平洋上、その時の残燃料はエンジン一基不作動でも羽田まで飛行続行が充分可能な位置でしたが、更なるリスクに備えて飛行時間、距離的にも近い那覇に引き返すことにしました。那覇は雲が低く垂れこめた生憎の天気、十分に訓練を積んだエンジン一基不作動での進入着陸も、実際にエンジンを停止しての操作は初めて、無事着陸して安堵したのを覚えています。

 双発機の場合はエンジンが一基不作動になると、直ちにエマージェンシーを宣言して最も近い着陸可能な空港に向かうことになりますが、ジャンボ機は四発機ですから一基だけの停止は安全上もまだ余裕がありました。

 当時は長距離洋上を飛行する旅客機には三基以上のエンジンを装備する必要がありましたが、現在ではエンジンの信頼性も飛躍的に向上したこと、ジャンボ機に比べ消費燃料も少ないことからボーイング777や787、エアバス330,350といった双発機が旅客機の主流になっています。

機長になっても厳しい審査はつづく

 機長になっても、資格を維持するには副操縦士時代より厳しいハードルを越え続けなければなりません。6か月ごとのシミュレーターと実機による技倆審査、一年に一度の路線審査と新規路線拡張審査、そして航空身体検査に合格し続ける必要があります。

 昇格して半年、初めての技倆審査は運航経験を重ね自信をもって臨みました。ところが、1日目のシミュレーターは、科目の一つであるエンジン2基不作動での周回進入の出来が今一つ、冷や汗ものでした。翌2日目は実機での審査、羽田空港がオープンする午前6時に出発、離陸時のエンジン故障、1基不作動での計器進入からの着陸復航、高度600ft(約180m)で低空周回進入しタッチアンドゴー、最後に低視程を模擬した計器進入着陸を実施し合格すると、次の6か月審査まで機長として運航に従事する資格が維持されます。そしてこれらの関門は、ラストフライトで翼をたたむまで続くこととなります。

 離陸時のエンジン故障操作など、実機を使用しての技倆審査はシミュレーターの性能向上により、今では審査科目すべてがシミュレーターに置き換えられ、審査飛行の安全性向上が図られています。

"あこがれのハワイ空路"で国際線デビュー

 1982年(昭和57年)1月、米州路線室に所属が変わり国際線デビュー。まず初めの路線は、「あこがれのハワイ空路」ホノルルでした。入社以来、国内、東南アジア、シベリヤ、中東、ヨーロッパと、もっぱら西行きを飛んでいましたので、アメリカにDビザ(乗員業務査証)で入国するのは初めての経験でした。

 日本とハワイの間、太平洋上は決められた航路がなく、当時はコースを自由に選定できたので、東行きは追い風となるゼットストリーム(強いときは大型台風並みの風速80m以上)に乗って飛行し、冬場はホノルルまで6時間ほど。日本への復路はゼットストリームを避けて南のコースを採るものの、飛行距離も増えてしまう結果、8時間以上かかってしまいます。

◆レイを掛けられたB747 ホノルル国際空港ロビー

夜明けとともにホノルル到着

 ハワイ航路は、夜間飛行で夜明けとともにホノルルに到着する便がほとんど。冬はオリオン座、夏はさそり座を中心に満天の星空を眺めながらの飛行、月明かりが無い夜などは、ちっぽけな自分が宇宙のかなたに引き込まれるような感じになることがあります。

 国際日付変更線を越え西半球に入ると、やがて少し丸みを帯びた水平線が青白く輝き始め、東の空が真紅に染まり日の出を迎えると、夜を徹してのフライトで睡魔が襲ってきます。客室では丁度、朝の軽食サービスが始まるころ、到着準備で忙しくなる前に機長としてのご挨拶とホノルルの天候、着陸予定時刻などを手短かにアナウンスします。

◆夜明け前、水平線が青白く輝き始め、やがて東の空が深紅に染まり荘厳な夜明けの時を迎える。

◆朝日を浴びて機長からホノルル到着のご挨拶

 カウアイ島が近づくころ、ホノルルの管制レーダーに捕捉され着陸に向けての降下を開始。オアフ島のダイヤモンドヘッドを右遠方に見つつ、進入を続けパールハーバーチャンネルを横切るとホノルル国際空港に着陸となります。

◆ホノルル国際空港到着

◆ホノルル国際空港への進入 右遠方にダイヤモンドヘッドが見える。

 国際線に移行当初は、本邦とハワイの間を月に4往復することもありました。ホノルル線は一泊三日の勤務パターン、時差と闘いながらの勤務でしたが、ダイヤモンドヘッド、太平洋に沈む夕日を見ながらの食事はフライトの疲れを癒す楽しいひとときでした。

懐かしい南カリフォルニアの空に還ってきた!

 2月になるとロサンゼルス、サンフランシスコへとアメリカ西海岸、カリフォルニアの各地に路線拡張が始まります。
 中でも、ロサンゼルスへはモンテレー、サリーナス、サンタバーバラ、サンタモニカを経由して着陸する飛行ルート。そこは14年前に単発機のクロスカントリーで低空を飛び廻った、懐かしい南カリフォルニアの空でした。

※カリフォルニアでの飛行訓練のようすは、バックナンバー「いつからか銀翼に恋して Vol.5:野外飛行訓練」をご覧ください。

◆ミッドウエー島  日本への帰路で

 

下枝堯さんおすすめ本

グッド・フライト、グッド・ナイト/マーク・ヴァンホーナッカー著 2017年

 

ブリティッシュ・エアウェイズの現役パイロットが書いた珠玉の航空エッセイ。
「私にとってパイロットに勝る職業などない。地上に、空の時間と交換してもいいような時間があるとは思えない」と言い切る著者の、瑞々しく詩的な文章からは、空と飛行機と自身の職業に対する愛情がほとばしる。

飛行機の仕組みなど専門的な内容から、世界の空と海の信じられないほどの絶景、そしてフライトを共にするクルー間に生まれる友情の話まで、コックピットに座らないと見えないエピソードと感動の体験が満載…。(BOOK評より)

※この本は、下枝さんのファンで寿禄会HPにメールを下さったパイロット志望の高1少年に、下枝さんが推薦して下さったものです。(編集部注)

※詳しくは「いつからか銀翼に恋して Vol.10」のコメント欄をご覧ください。

 

 

 

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