「複雑さに備える」より考察するロシア・ウクライナ戦争②new

   

 前回に続き、国際政治学者・高橋慶多氏の論文「ウクライナ侵攻に至るロシアの対NATO戦略観の変遷についてー―ロシアにおける影響圏思想の観点から――」をもとに、私の考えを述べていきたいと思います。

高橋氏論文要旨

 構成としては、まずロシアの影響圏思想とその戦略観を概観する。その上で、ロシアの対NATO戦略の変遷過程を、各種戦略文書上の文言や要人の公式発言などから導出することとする。またこの背景には、欧米諸国の影響力が旧ソ連諸国に及ぶことにロシアが抵抗した結果、2008年のジョージア紛争があるとみちびき出している。

 2009年、安保戦略における伝統的な安全保障観への回帰は、ロシアの「影響圏思想」を高揚させたといえる。影響圏思想とは、自らの縄張りとも言える、政治的、経済的な思考とは異なるロシア独自の安全保障観である。
 この源泉には建国以来、陸上国境から度重なる侵攻を受けたという歴史で植え付けられた、ロシア人の過剰な防衛意識があると考えられる。この発想・思想がドゥーギン(ロシアの政治活動家、政治思想家)の下で体系化され、プーチン政権で実践されている。そしてロシアから影響圏思想というレンズを通して自国を取り巻く安全保障環境をとらえた場合、拡大を続けるNATO は国益に対する大きな脅威として映るのである。

■私の考え(1)

ソ連崩壊後NATOの東方拡大が進行

 1991年12月、ソビエト連邦大統領ゴルバチョフが辞任し、世界最大の帝国ソ連が崩壊した。1989年の東欧諸国での革命とともに、ソ連の崩壊は冷戦の終わりを告げた。1990年10月にはドイツが統一を果たし東ドイツが消滅、それによってワルシャワ条約機構(※)は存在意義を失い、1991年3月に軍事機構を解体して活動を停止した。
「ワルシャワ条約機構」は、NATOに対抗するため旧東側諸国によって組まれた軍事同盟。ソ連軍を中核に大量の兵力と戦車部隊を保有し、数の上ではNATO軍を圧倒していた。

 一方西側諸国の軍事同盟・北大西洋条約機構(NATO)の方は、ワルシャワ条約機構解体後も存続し、「東側」だった東欧諸国が次々と加盟を希望し、1999年にはポーランド・チェコ・ハンガリーが、2004年にはバルト3国ほか7カ国が加盟するなどNATOの“東方拡大”が進行。2024年までに加盟国32カ国を有する世界最強の軍事同盟となった。

1949年に12カ国でNATO創設

米国、英国、ベルギー、カナダ、デンマーク、フランス、アイスランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル

1952年~90年

トルコ、ギリシャ、西ドイツ、スペイン

1999年

チェコ、ハンガリー、ポーランド

2004年

エストニア、ラトビア、リトアニア、スロバキア、スロベニア、 ブルガリア、ルーマニア

2009年

アルバニア、クロアチア

2017年

モンテネグロ

2020年

北マケドニア

2023年

フィンランド

2024年

スウェーデン

高橋氏論文要旨

 伝統的な安全保障観に裏付けされたロシアの影響圏思想において、ウクライナの位置づけはどのように整理されるのか。ここでは紙面の関係上、軍事的意義と民族思想的意義からアプロ―チすることとする。

 ロシアは2008年からウクライナが NATO 加盟に向けて活発化して以来、ラブロフ外相が「ウクライナのNATO加盟を阻むためには、あらゆる措置を講じる」と発言するなど、ウクライナに対して強硬な姿勢を示すようになっている。ロシアにとってNATOの東方拡大によって生じる最も深刻な問題は、戦略縦深(Strategic Depth)の喪失にある。

 冷戦期にはワルシャワ条約機構の最西端に位置していた東ドイツからソ連本土国境までは約  900kmが隔たれていたのだが、東欧諸国などがNATOに加盟したことで、ロシアの戦略縦深は東方へ約1400km後退することとなった。

■私の考え(2)

 2008年からウクライナがNATO加盟に向けて活発化して以来、ロシアのラブロフ外相は「ウクライナのNATO加盟を阻むためには、"あらゆる措置"を講じる」と発言。以降ロシアは一貫してこの主張をくり返している。ウクライナはロシアの国防上の生命線であり、ここをNATOに引き渡すことはロシアは容認できないのである。

 "あらゆる措置"に含まれるものとして、ロシアは遂に「核使用」に言及するまで追い込まれた。ラブロフ外相は「核保有国が戦争に負けることはない」と国連で述べている。
 東欧諸国がNATOに加盟したことで、ロシアの戦略縦深は東方へ約1400km 後退することとなった。ここまでロシアを追い詰める必要があっただろうか。

高橋氏論文要旨

 そしてさらにウクライナがNATO加盟を果たした場合、ロシアは欧州正面に対する軍事的脆弱性をさらに高めるほか、海洋戦略上重要な作戦基盤である黒海が「NATOの海」と化すことなる。
 これはロシアにとって、軍事的な意味で明らかに影響圏の喪失といえよう。 またロシアにとってウクライナは民族的にも、言語・宗教・文化などの面からも共通性が高く、時に「ほとんど我々」と称するなど、ウクライナに対して非常にセンシティブな意義を見出している。ことで、ロシアの戦略縦深は東方へ約1400km 後退することとなった。ここまでロシアを追い詰める必要があっただろうか。

■私の考え(3)

 ウクライナがNATO加盟を果たした場合、ロシアは欧州正面に対する軍事的脆弱性をさらに高めるほか、海洋戦略上重要な作戦基盤である黒海が「NATOの海」と化すことなる。ロシア、ウクライナ戦争の原因はこの1点にある。建国以来、陸上国境から度重なる侵攻を受けたという歴史によって植え付けられた、ロシア人の過剰な防衛意識は、ウクライナおよび黒海を死守するのは必然である。
 ロシアの行動を考えるにあたり、建国以来陸上国境から度重なる侵攻を受けたという歴史で 植え付けられた、ロシア人の過剰な防衛意識を忘れてはならない。

 

 

 


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